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第378回 寄り添う心 〜 クセ(癖)になる 〜

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 2024年1月28日、講演会『がん哲学外来 金城カフェ2周年記念イベント ~ 寄り添う心は言葉を超える ~』 (名古屋の金城教会に於いて)に赴いた。 多数の参加者であった。 大いに感動した。  早速、心温まる励ましのメールを複数頂いた。 【今日はありがとうございました。 1部も2部も、楽しくかつ刺激的な内容でした。『がん哲学外来メディカルカフェの需要と誰でもやっていい』という考え方に共感します。 癌だけではないと思いますが、居心地の良い居場所づくりは、そこかしこに必要だと実感します。 これからが楽しみです。】 & 【本日は、金城教会2周年記念イベントにお越しいただき、感謝申し上げます。 たくさんの方にお越しいただき、第Ⅰ部の礼拝堂も、第II 部の記念館の会場も一杯になり、胸が一杯になりました! 来場された方の熱気に圧倒され、『がん哲学外来』の広がりをひしひしと感じたイベントでした。】 & 【初めて樋野先生のご講演を聴いた方からの感想です。『30分の沈黙に耐えられる、人間関係を作る。』という樋野先生のお話しに、引き付けられました。 先生の本を読ませていただきます!】 & 【今日は寒い中、金城カフェにお越しくださり、ありがとうございました。 先生のお話しも2回目、『ことばの処方箋』をかみしめて、だんだんその理解が深まってきました。 また、先生のユーモアにクスっとしている人は私だけではありませんでした。 また次にお招きできるときまで、毎月のカフェを頑張っていきます。】 & 【本日は、ありがとうございました。とても、素晴らしかったです。先生の講演は二回目ですが、もうクセになっています。】  また、 【アーチを作って樋野先生をお見送りでき、大いに盛り上がったイベントに感謝感激です。】 との写真が今回企画された瀬戸真知子(10歳のマリア)様から送られて来た。 スタッフの皆様の心温まるおもてなしには、ただただ感服である。  今回は、大変有意義な貴重な『新幹線での東京→名古屋の旅』となった。

第377回 『真摯に生きる姿』〜『謙虚で、常に前に向かって 努力する姿』〜

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 2024年1月25日は、『東久留米駅→池袋駅→新宿駅→中野駅の電車の旅』であった。 西武池袋線の電車の中から『不動の雪の壮大な富士山の姿』を眺めた。 大いに心が慰められた。   新渡戸稲造研究センターから帰宅中は、落合川を散策した。 『川に浮かぶ 鴨』&『飛び立つ 白鳥』&『流れに逆らいて泳ぐ鯉』の『真摯に生きる姿』を見つめ、大いに励まされた。  帰宅したら、福岡県八女市の『みどりの杜病院』院長:原口勝先生から、書籍『メディカルヴィレッジの実践 福岡県八女越後版』の原稿が郵送で届いていた。 筆者は、『日本メディカルヴィレッジ学会 理事長』として、書籍の巻頭言を依頼された。 原稿を拝読し、『みどりの杜病院』の皆様の『謙虚で、常に前に向かって 努力されている姿』には、大いに感動した。  筆者は、第3回『日本メディカル・ビレッジ学会』(2020年大会長:原口勝先生)で 特別講演『病気であっても病人ではない 〜 がんと共に生きる 〜』の機会が与えられた。  【『日本メディカルヴィレッジ学会』は、がんなどの病を抱えた患者や そのご家族が、最期まで 安心して暮らすことの出来る場所を 地域に創り出すことを 目的として設立された。 さまざまな病を抱えた方々、高齢の方々などが 心安らかに暮らせる、生きる目的を持ち、自分の居場所を見出し、 自身の人生を大切に生きることができる場所。 そんな営みをサポートするためには、ひとつの村、すなわち『地域の協働体 = 1人の人間を癒すには、1つの村』は不可欠である。】と謳われている(新渡戸記念中野総合病院のHP参照)。 住民公開講座『このまち、この村をメディカルヴィレッジに』(2024年3月2日八女市民会館に於いて)は時代的要請であろう!   『役割意識 & 使命感の自覚』は『メディカルヴィレッジ』の真髄である。 人間の尊厳に徹した医療の在り方を考え、『潜在的な需要の発掘』と『問題の設定』を提示し、『他人の苦痛に対する思いやり』は、医療の根本であり、患者の視点に立った医療が求められる現代において、今回の書籍は『必読書』となろう。

第376回 『他人へのおもいやり』 〜 『自分らしさを失わない』 〜

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 2024年1月20日(土)午前 東急池上線の『雪が谷大塚駅』で下車し、大田区立調布大塚小学校校長の玉野麻衣先生の招きで、『令和5年度 体育・健康教育授業地区公開講座:自分らしさを失わないために大切なこと』で、『6年生授業』と『教員、保護者向けの講演及び意見交換会』に赴いた。 小学生、教職員、保護者の熱心な聴講の姿勢には、大いに感動した。 大変貴重な時となった。  筆者は、生徒に【『涙とともに パンを食べた者でなければ 人生の味は分からない』(ゲーテ:1749-1832)、ゲーテを こよなく敬愛したスイスの作家 ヨハンナ・シュピリ(1827-1901)の『アルプスの少女ハイジ』(『ハイジ、クララ』の『自己形成小説』)の現代的意義は、『喜んで無邪気に 小さなことに 大きな愛を込める』、また『愛がなければ 全ては無意味である』】とさりげなく語った。  数年前に東急池上線沿いにある洗足池の勝海舟夫妻(勝海舟:1823-1899、民子:1821-1905)の墓に行ったことが鮮明に蘇ってきた。 母を亡くして 悩んでいるクララ・ホイットニー(Clara A. N. Whitney、1860-1936)に対して、勝海舟の奥さんの言葉『悲しい時には 私達の所へいらっしゃい、一緒に泣きましょう、そしてあなたが 仕合せな時には 一緒に笑いましょう。さあ勇気をお出しなさい、—— これから先の長い年月のことは考えず、今日という日以外には 日がないと思って ただ毎日をお過ごしなさい』は、『訪れる人を 温かく迎い入れる原点』でもあり、筆者の『がん哲学外来』の心得となった。   クララは、教師として1875年に来日した父と一緒に5年間日本で暮らし、1880年にアメリカへ帰国。 1882年に再来日し、1886年 勝海舟の息子:梅太郎(1864-1925)と結婚した。 1900年 子供達と帰国した。   午後は『お茶の水メデイカル・カフェ in OCC』に向かった。大変有意義な時であった。【人間の身体と 臓器、組織、細胞の役割分担と お互いの非連続性の中の連続性、そして、傷害時における全体的な『いたわり』の理解は、人間の在り方への深い洞察へと誘う = 『他人へのおもいやり』の実践】でもあろう。

第375回 『同好の士』 〜 毅然として、ニューモアに溢れ、心優しく、俯瞰的 〜

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 2024年1月14日の、東久留米駅前にあるEast Side カフェで定例の『読書会』に、自治医大時代の鴨下重彦(1934-2011)先生と勤務されていた方が参加された。 2004年にスタートした南原繁(1889-1974)研究会の初代代表は、鴨下重彦先生(東京大学名誉教授、国立国際医療センター名誉総長)である。 筆者は、2019年から3代目の代表を仰せつかっている。  南原繁の後に東大総長となったのは矢内原忠雄(1893-1961)である。 鴨下重彦先生は、東大総長であった『矢内原忠雄を人生の師』とされ、『内村鑑三(1862-1930)、新渡戸稲造(1862-1933)、南原繁、矢内原忠雄』を語れる小児科医で、筆者にとってのアメリカ時代の恩師であるKnudson(1922-2016)博士(小児科医)と同様に尊敬する『同好の士』であった。 まさに『国手=医師は、直接、間接に国家の命運を担うべしと思うべし』である。  東大医学部の学生時代に東大総長であった矢内原忠雄に師事された鴨下重彦先生とは、2001年 矢内原忠雄没40周年で、新聞での誌上対談、2004年 南原繁没30周年記念で『南原繁研究会』の立ち上げ、『新渡戸・南原賞』の設立と、傍らで手伝わせて頂いた。 事を始める心得・手順を学んだ。 鴨下重彦先生と筆者は『内村鑑三・新渡戸稲造・南原繁・矢内原忠雄』で結ばれた、世にもまれな師弟関係(小児医学者と病理学者)であったと自負している。『内村鑑三・新渡戸稲造・南原繁・矢内原忠雄』を深く語れる唯一の医学者であったと言っても過言ではない。 理知的で、毅然として、ニューモアに溢れ、心優しく、俯瞰的な大局観のある人物であった。  1月15日 新渡戸稲造記念センター から、恵泉女学園の学園学校会議に赴いた。 その夜、成田空港からwifeの友人のオーストラリアのご夫婦、息子様、娘様が、我が家に来られ、滞在されている。 1月16日早朝、我が家から『雪の壮大な富士山』を眺められた。   wifeと皆様と6人で東久留米駅のインド料理店のルチアで夕食の時を持つ。

第374回 壮大な富士山 〜 風貌を診て、心まで読む 〜

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 筆者は2024年1月9日、第110回『がん哲学外来メディカル・カフェ@よどばし』(淀橋教会に於いて)で さりげなく『ヨブ記』(旧約聖書)を語った。  【『ヨブ』が病気になった時に友人が見舞いに来た! 1)『ヨブ』にどう言ったか?  2)『ヨブ』はどう反応したのか?  3)元気な時に言う言葉と、苦しんでいる時に同じ言葉を言われた時どう受け取るか?  4)何を言った時に相手が嫌になったのか?  5)健康な時には会いたい友達がいても、病気になったら ―― 6)すべてを神さまにお任せしようという敬虔な思いと  7)この苦難を到底受け入れられない、『神さま、なぜですか!』という相反する思いが拮抗していますが、そのいずれも神にゆるされていて、人は思う存分、神に食ってかかってよいというのが『ヨブ記』の重大なメッセージなのだ】  1月10日、西武池袋線の電車の中から、雪の積もる壮大な富士山を眺め 心が癒された。今は亡き母(1923年2月20日〜2019年6月3日)の、筆者の誕生の年(1954年)の元旦の夢が『富士山』であり、幼児の時から【富士山子】と母に励まされ『富士山』には特別な思いがある。 幼年期の想いの重要性を痛感する今日この頃である。   夏目漱石(1867 - 1916)の『ほかの所は何をみても東京の足元にも及ばないが(道後)温泉だけは ―― 立派なものだ』(『坊ちゃん』より)、『あれが日本一の名物だ(富士山)あれより他に ―― 自慢なものは何もない ――』(『三四郎』より)から『だけ』&『しかない』(『われ21世紀の新渡戸とならん』e-grape 発行2003年)が、『風貌を診て、心まで読む=病理医』の基本である。  筆者の母は、島根県出雲市大社町鵜峠の自宅に於いて、安らかに 96歳の天寿を全うした。 母の兄達は、太平洋戦争で戦死し、末っ子の母が我が家を継いだ。 そして、祖父から『樋野興夫=ひのおきお=Origin of Fire』と命名されたとのことである。 今日は 富士山を眺めながら、『何の為に、この地で、生まれたのか?』】を深く静思した。

第373回 『村の先生との邂逅』〜『丁寧な観察力の学習の場』 〜

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 2023年末、wifeの姉夫妻が在住するPennsylvania州のベツレヘム(Bethlehem)とwifeの故郷エマオ(Emmaus)を訪問した。 帰国後、『能登半島地震』(1月1日)と『羽田空港の衝突事故』(1月2日)を知った。 1月6日の時点で、それぞれ、110名、5名が死亡されているとのことである。 涙なくして語れない!  毎週1回 執筆している『楕円形の心』は、今回、第373回を迎えた。『楕円形の心』を編集担当して頂いているK氏には、『21世紀の徒然草』(99回)→『がん哲学ノート』(?? 回)→『楕円形の心』(最新373回)と長年(25年)継続的にお世話になっている。 『丁寧な観察力の学習』ともなっている。   昨年2023年には、K氏のご配慮により『教養を深め、時代を読む 〜 楕円形の心〜』(to be 出版)が製本された。 『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年発行:イーグレープ/発売:いのちのことば社)も、K氏の支援で、筆者が広報誌『Scientia』に連載していた文章をまとめたものである。 2003年 御茶ノ水の東京ガーデンパレスでの出版記念講演会は、筆者の順天堂大学医学部教授就任祝賀会と兼ねてであった!   2018年には新訂版『われ21世紀の新渡戸とならん』が発行された。 新訂版の【序文】には、【― 学生時代の読書遍歴:内村鑑三(1861-1930)・新渡戸稲造(1862-1933)・南原繁(1889-1974)・矢内原忠雄(1893-1961)、癌研での『病理学:吉田富三(1903-1973)・菅野晴夫(1925-2016)との出会い)、アメリカでの恩師『遺伝性がんの父:Knudson』(1922-2016)の『学者の風貌』との出会いが、根幹にある。―】と記述している。 2019年英訳『I want to be the 21st Century Inazo Nitobe』(発行:日本橋/発売:星雲社)も出版された。 本当に『K氏は不思議な邂逅の宝』である。   1月14日は、『東久留米がん哲学外来』(2008年開始) &『読書会:新渡戸稲造著『武士道』&内村鑑三著『代表的日本人』(2007年開始)である。 今回の読書会は、『代表的日本人』の『中江藤樹 〜 村の先生 〜』の4章『近江の聖人』である。 まさに【新渡戸稲

第372回 対話を成り立たせる 〜 見識が広く、高い 〜

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 2024年の始まりである。 島根県簸川郡大社町鵜峠で生まれた筆者は、浪人時代(1972-1973)、近鉄奈良線の寺田にあった今は亡き叔母の家で1年間過ごし、京都市にあった『近畿予備校』に通った。 そこで、今は亡き英語の教師:橋本実先生【東京大学法学部の学生時代、南原繁(1889-1974)に学ばれた)】の授業で毎日 南原繁の話を聞いた。 それが、『1人、部屋で静かに1時間読書する習慣』ともなった。 そして、内村鑑三(1861-1930)、新渡戸稲造(1862-1933)、矢内原忠雄(1893-1962)へと導かれた。 英文で書かれた『代表的日本人』(内村鑑三著)と『武士道』(新渡戸稲造著)は、若き日からの座右の書である。   2023年12月24日ブログ『楕円形の心』を編集担当してくださっており、新刊『教養を深め、時代を読む 〜 楕円形の心〜』(2023年8月31日発行to be 出版)を製本して頂いたK氏 と 新刊の表紙(添付)を描いて頂いた娘(なつほ)様と東久留米ジョナサンで面談した。 K氏が製本して頂いた『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年発行:イーグレープ/発売:いのちのことば社)の【20周年記念】ともなった。  12月27日アメリカ合衆国のBethlehem(ベツレヘム ペンシルべニア州)のWifeの姉夫妻宅に訪問しアメリカ在住の娘達家族も全員集合した。 Wifeの両親(父2008年85歳、母2012年82歳で逝去)が住んでいたエマオ(Emmaus, ペンシルベニア州)に久しぶりに行った(添付)。 筆者は、Fox Chase Cancer Center (Philadelphia)に留学時代(1989-1991)、Emmausには よく訪問したものである。  筆者は、癌研時代、米国ニューヨーク市のBRONX (ブロンクス)にある、Albert Einstein College of Medicine大学(アルバート アインシュタイン医科大学) (1984-1985)、Fox Chase Cancer Center(ペンシルべニア州)(1989-1991)に留学した。 それが、【がん哲学=生物学の法則+人間学の法則】&【がん哲学外来=だれとも対話を成り立たせる語り口=見識が広く、高い】(内村鑑三) へと繋がった。 まさに【人生邂逅=非連続性