投稿

第533回 『心に響く言葉の処方箋』 〜 『良き読書』〜

イメージ
 2026年2月22日(日) 午前中 wifeと【Christian Academy in Japan (CAJ)にあるKBF(Kurume Bible Fellowship)】に赴いた。 午後は、2008年に開始された『東久留米がん哲学外来』(CAJに於いて)に赴いた。 wifeは手作りのお菓子を用意した。 今回、初めての参加者も居られ、3組の個人面談の時が与えられた。 Zoomでの面談も依頼された。 大変貴重な時となった。   その後、東久留米駅前にある『East Side カフェ』で定例の『読書会』に出席した。 『読書会』は、2007年から 新渡戸稲造(1862-1933)『武士道』(岩波文庫、矢内原忠雄訳) と 内村鑑三(1861-1930)『代表的日本人』(岩波文庫、鈴木範久訳)を交互に読み進めている。 今回の『読書会』の箇所は、新渡戸稲造著『武士道』の『第13章 刀・武士の魂』で、5巡目である。  音読は、2026年2月14日【『横浜がん哲学外来18周年 & 第8回日本Medical Village学会』合同シンポジウム『いい覚悟で生きる』横浜開港記念館(日本大通り駅)】を企画された内田由美子(10歳のクララ)氏(和み訪問看護ステーション代表(横浜がん哲学外来・カフェ代表)が 担当された。 徹夜で、音読の練習をされたようで、難しい漢字の読みも完璧であった。 大いに感動した。  シンポジウムの司会をされた西田千鶴美(大きな目のムツゴロウ)氏、西田千鶴美氏の甥 で『横浜開港発祥の説明』の講演をされた秋月隼人(のんきなカチガラス)氏、また、筆者は『日本Medical Village学会理事長』としての 『基調講演:言葉の処方箋』&『樋野先生へ がん哲学外来の発祥・開港についてのインタビュー』のインタビュアー の三国浩晃(とら:虎)氏、さらに森尚子 (春風のようなゴリラ)氏も出席された。  【勝海舟は『我が国歴史上最も物情騒然たりし時期の一つをくぐって来た人』&『蚤や虱だと思えばいいのさ。 肩につかまって、チクリチクリと刺しても、ただ痒いだけだ、生命に関りはいないよ』(『海舟座談』)】が、今回 大変印象に残った。『良き読書』には、その時々によって『心に響く言葉の処方箋』がある!   複数の質問も寄せられ 大変有意義な充実した『読書会』...

第531回 『人知を越えた 邂逅の流れ』 〜 『がん哲学 と 日本肝臓論』 〜

イメージ
 2026年2月12日は、東京都東久留米市の自由学園初等部6年生のドキュメンタリー映画『がんと生きる言葉の処方箋』上映と講義に向かった。 生徒からは、複数の真摯な賢明な質問があり、大いに感動した。 『教育の絶対性大原理』 愛がなければ全ては無意味 『教育の真髄』 (1)愛に溢れた雰囲気 (2)静かな口調 (3)にもかかわらず 『教育の心得』 (1)仮面を外し、心の垣根をとる (2)秘密は守る、リラックスした時間を過ごす (3)正直になる、積極的に人々に仕える  その後、新宿京王百貨店8Fカフェ・デザート『サロン・ド・テ・コロンバン』で、2008年に お会いした立馬歳郎氏 と 名古屋大学名誉教授・愛知医科大学前理事長の三宅養三先生と 面談した。 早速、【本日は 有意義な会合でした。 そしてNitobe again!ですね! 今後 コラボを 積極的に展開しましょう。】との心温まる励ましのメールを頂いた。  2008年 シンポジウム【『順天堂創立170周年記念公開シンポジウム『佐藤泰然 〜 医学・医療の温故創新 〜』を開催した。 筆者は【『おわりに』〜 時代に生きる(温故創新) 〜】を語ったものである。 2008年の愛宕山 文化講座 No.6.講演も想い出された。【『がん哲学 と 新渡戸稲造 〜 日本肝臓論 〜』がん細胞を知ることは 人間の社会を知り、 いかによくするかを 学ぶことでもあるという『がん哲学』 と女子教育の充実 に尽力した教育者 新渡戸稲造について語る。】と記載されている。  2月13日 病理組織診断業務に赴いた。 『顕微鏡を見て 病気を診断する = 森を診て 木の皮まで診る』実践である。『がん細胞の病理』と『人間社会の病理』の類似性が、2001年の『がんは 生物学の法則』+『哲学は 人間学の法則』=『がん哲学』の提唱の原点である。 そして、2008年 順天堂大学病院で【『病気』であっても『病人』ではない社会の構築】を目指して『がん哲学外来』が開設された。『与えられた、人知を越えた、人生の邂逅の流れ』を痛感する。

第530回 幼年時代のインプリンティング 〜 心にかけて記憶する 〜

イメージ
 2026年2月8日早朝 大雪で、雪の積もる風景であった。 自宅で、心静まる時となった。  筆者の両親との写真を見つめなおした。 そして、少年時代の故郷の実家(島根県出雲大社町鵜峠 : 出雲大社から、8キロほど、峠を越えて美しい日本海に面した小さな村:人口30名、空き家60%)での 雪景色が、今回、鮮明に想い出された。  筆者の母(樋野壽子: 1923年2月20日〜2019年6月3日)は、自宅に於いて、安らかに 96歳天寿を全うした。【筆者の誕生の年(1954年3月7日)の母の元旦の夢が『富士山(3776m)』であり、幼児の時から『富士山子』と母に励まされたものである。】  幼年時代のインプリンテイングは 生涯に影響を与えるものである。  父(樋野廉平)は、92歳で鵜峠の自宅に於いて逝去した(1921年1月24日〜2013年5月5日)。 母の兄達は、太平洋戦争で戦死し、末っ子の母が家を継いだ。 そして、祖父の樋野卓郎(1888-1972)から家を継いだ末娘(母)の3人の子供(誉・誠・興夫)の末っ子の長男:筆者に『家を興(おこ)す = 樋野興夫 = ひのおきお = Origin of Fire』と命名されたと、膝に抱かれて聞かされた『幼年時代の想い出』が鮮明に蘇ってくる。  父は婿養子で、貨物船やタンカーの機関長であった。 筆者は、小学生、中学生時代の夏休み、母と父の船に乗り、日本海、太平洋の船旅をしたものである。 母校の鵜鷺【鵜峠(うど)+鷺浦(さぎうら)=鵜鷺(うさぎ)】小学校、中学校は、既に廃校になった。 故郷は無医村であり、幼年期、熱を出しては母に背負われて、峠のトンネルを通って、隣の村(鷺浦)の診療所に行った体験が、今でも脳裏に焼き付いている。 そして、筆者は、『人生3歳にして医者になろう』と思ったようである。   筆者の小学校5年生の時 担任の先生から命令され、毎日、日記を書いて登校して、担任の先生に渡し、下校時、赤字でコメントを頂いたものである。 それが、今のブログの記述に繋がったものである。 文章は現在と全く同じレベルである。『不連続の連続性=人生の原点』である。  『常に志を忘れないよう 心にかけて記憶する』ことが、まさに、『ビジョンは 人知・思いを超えて進展する』を痛感する日々である。 これが、筆者にとっての『愛情の原点...

第527回 〝隙間〞を埋める 〜 〝対話の場〞〜

 2026年1月28日【『祈られて、がんと生きる 〜 ボクと牧師の24の往復書簡〜』(峰岸大介 & 大嶋重徳 著. 2025年 いのちのことば社発行)】が送られてきた。 筆者は、『推薦のことば』(下記 抜粋)を依頼されたものである。  2024年 主催者の峰岸大介氏から『鳩ケ谷メディカルカフェ三周年記念誌』を依頼された。 【メディカルカフェの目的は『がん哲学外来の活動を地域に伝える = 隙間を埋める居場所』である。 多くの人は、自分自身または家族などががんにかかったとき、初めて死というものを意識し、それと同時に、自分がこれまでいかに生きてきたか、これから どう生きるべきかなどを真剣に考える。けれども、医療現場は 患者の治療をすることに手いっぱいで、患者やその家族の精神的苦痛まで軽減させることはできないのが現状である。『がん哲学外来』とは、医療現場と患者の間にあるその〝隙間〞を埋めるべく 生まれたものである。『がん哲学外来』は、〝対話の場〞である。『がん哲学外来の絶対性大原理』とは、『愛がなければすべては無意味』である。】 『がん哲学外来の真髄』 ① 愛に溢れた雰囲気 ② 静かな口調 ③『にもかかわらず』 『がん哲学外来の心得』 ① 仮面を外し、心の垣根をとる ② 秘密は守る、リラックスした時間を過ごす ③ 正直になる、積極的に人々に仕える 『がん哲学外来の実践』 ① 自分の力が人の役に立つと思う時は進んでやれ ② 人の欠点を指摘する要はない、 人のあやまちは語るには足らぬ ③ 理由があっても腹を立てぬこそ非凡の人 ④ 感謝は優しき声に表れる ⑤ 心がけにより逆境も順境とされる 【往復書簡本『祈られて、がんと生きる』】が、全国の多数の人に読まれることを切に願うものである。 今年(2026年)、【出版記念講演会と峰岸大介氏1周忌(2025年3月13日ご逝去) 】を企画される予感がする。

第529回 『温故』し『創新』する 〜 本気でする胆力 〜

イメージ
 目白カフェ代表の森 尚子氏から【平和の象徴『樋野動物園』 冗談を本気でする胆力】が送られて来たのが鮮明に思い出された。 また、【がん哲学の活動は 終末期の患者さんだけでなく、現在治療に取り組まれている方や 経過観察中の方のスピリチュアルな痛みの存在を受け入れ、それぞれの方が 心の器を育てる 大切な役割を果たす、緩和ケアの場所だと思っております。】(齋藤智恵美 氏 より)のメールを頂いたものである。 涙なくしては語れない!   筆者は、内村鑑三(1861-1930)の『後世への最大遺物』から【大いなる人物というのは、収穫物というのは、存命中に実を結んだものだけではない。 故に後世に生まれた我々が これを『温故』し『創新』することによって現代に貢献できる。 これは『勇ましき高尚なる生涯』である。『勇ましき高尚』の『高尚』とは、人のために、我を忘れてやるものが高尚であり、『勇ましき』というのは イエスかノーかを はっきり言えることであろう。】学んだ。  筆者は、小学校の卒業式で来賓が話された『ボーイズ・ビー・アンビシャス』(boys be ambitious)(1877年 札幌農学校のウィリアム・スミス・クラークWilliam Smith Clark:1826-1886)博士の言葉)が胸に染み入り、希望が灯るような思いを受けたものである。 筆者の人生の起点であると言っても過言ではない。 札幌農学校におけるクラーク精神が、内村鑑三と新渡戸稲造へと導かれ、英文で書かれた『代表的日本人』(内村鑑三)と『武士道』(新渡戸稲造)は、若き日から筆者の座右の書となった。 2007年からこの2冊の本の読書会を毎月継続的に行なっている。【樋野興夫先生の『言葉の処方箋』】として下記が紹介されている。 『人生の目的は、品性の完成にある』 『人生に期待しない。人生から期待されていると考える』
 『生きている限り、人には使命がある』 『つらいときこそ、自分と向き合うチャンスだと想う』
 『本当に大切なものは、ゴミ箱の中にある』
 『死はどんな人にも確実に訪れる。だからといって おびえて生きることはない』 『問題は解決できなくても、解消できさえすればいい』 『相手が間違っていても否定しない』
 
『自分の人生に潔く(いさぎよく)専念する』 『夕暮れ時に、光がある。終わりに輝きがある』

第528回 人生の分れ道 〜 どちらの道をとるか 決める 〜

 2026年2月1日(日曜日) 、WifeとCAJ(Christian Academy in Japan)のキャンパスの中にあるKBF(Kurume Bible Fellowship)に出席した。 聖餐式(communion)の日でもあった。 今回は、【 兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。 兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩んでいるのであって、自分がどこへ行くのか知らないのです。 やみが彼の目を見えなくしたからです。】(ヨハネの手紙一第 2 章10節、11節)の復学となった。  【『自分より困った人に 手を差し伸べようとすれば、自らの役割が生まれ、逆境は むしろ順境になるのです』&『人間の知恵と洞察とともに、自由にして勇気ある行動』】(新渡戸稲造:1862-1933)の教訓か鮮明に蘇って来た。  【『――、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。 なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。』(コリント人への手紙第二12章10節)&『――あなたがたは 心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。』(ヨハネの福音書14章27節)】の復習となった。まさに、『Stand in the gap(隙間に立つ)』の心得であろう。   Wifeと 東久留米駅でのレストランで昼食後、Wifeは、6歳の『英語レッスン』で大泉学園に向かった。 筆者は、東久留米市の落合川を散策した。【『川の中を泳ぐ鯉』&『川辺の鴨』】を見て川の中を泳ぐ鯉、川に浮かぶ鳥を見ながら、『公義を水のように、正義をいつも水の流れる川のように、流れさせよ』(アモス書 5章 24節)を実感した。また、『公園での小学生の野球練習』を観て 心休まる時となった。  『真の知識と あらゆる識別力によって、――、真にすぐれたものを 見分けることができるになりますように。』(ピリピ人への手紙  1章 9、10節)の実践の場である。 まさに、『大胆に確信』(エペソ人への手紙 3章 12節)を持って、『湧き水なれ』の復習の日曜日となった。

第526回 思いやり& 温かみ 〜 愛情の原点 〜

イメージ
 2026年1月24日早朝 アメリカ合衆国ミシガン州のグランドラピッズ(Grand Rapids)に住む娘から、雪の街の写真が送られて来た。  1月22日には、ワシントン州に住む娘から 壮大なMt. Rainier (4392m)の写真が送られてきた。 大いに心が慰められた。   筆者は、【誕生の年の母の元旦の夢が『富士山(3776m)』であり、 幼児の時から『富士山子』と母に励まされたものである。】 故に【富士山】 には特別な思いがある。 アメリカ在住の娘、孫達も それを知っていて、『富士山に似ているMt. Rainierの写真』を送ってくれる。  涙無くしては語れない。 幼年時代のインプリンティングは 生涯に影響を与えるものである。 これが、『愛情の原点』となろう!  1月24日は【偉大なるお節介症候群 認定証】を授与されている 野口恵子氏(救世軍清瀬病院チャプレン/ボランティアコーディネーター、上智大学大学院実践宗教研究科 死生学専攻 博士後期課程在籍)主催で、2024年1月からスタートされた2周年記念『第25回小岩メディカルカフェ みちくさ』(江戸川区 小岩栄光キリスト教会に於いて)の講演に赴いた。会場からは 質問もあり、大変有意義な貴重な時となった。 スタッフの心温まるおもてなしには、ただただ感謝である。 帰りには、野口恵子氏のご主人が、上野駅まで、車で送って頂いた。 車の中での会話は、大変充実した時となった。来年(2027年)には、3周年記念本が、製作されることであろう!  帰宅後は、筆者が代表を務める『がん哲学外来市民学会』主催のZoom ミーティング【第32回『つながるカフェ』(事務局 嶋田弥生氏)】に出席した。 今回のスピーカーは『多摩川せせらぎメディカルカフェ』代表・担当者の岡内泰子氏であった。『謙虚で、常に前に向かって 努力されている姿』には、大いに感動した。 その後、質疑応答、グループトークで、終了した。  『他人の苦痛に対する思いやり』は、『がん哲学外来メディカル・カフェ』の真髄である。 まさに、【『欣然たる面貌、快然たる微笑をもて』= チアフルな顔付を以て人に接し、見ず知らずの人に対しても、少しの親切でも してあげるという心もちで 暮らせば、社会は温かくなるであろう!& 『何事も 最初の一歩が大事である。花は芽...