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第580回 『生きる意味』を満たす 〜 すべての営みには時がある 〜

 2026 年 10 月 15日 埼玉医科大学総合医療センター(埼玉県川越市)での『がん哲学外来』に赴く。 ブレストケア科教授であった矢形寛先生(2019年9月11日 満55歳で、逝去)が 2016年11月より埼玉医科大学総合医療センターで『小江戸 がん哲学外来』を開設された。 今年は、10周年でもある。 2019年7月6日『第9回 がん哲学外来コーディネター 養成講座 in 埼玉』(実行委員長)と、翌日の『第8回 がん哲学外来市民学会大会』(大会長)を ウエスタ川越 於いて主催された。 矢形寛先生の生涯は、まさに『火焔のうちにある 燃料の如く 自ら燃えよ!』であった。   今回、『小江戸がん哲学外来三周年記念・矢形寛教授追悼記念講演会』が鮮明に想い出された。 ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl,1905-1997)の【『生きる意味』を満たすために3つの価値:『創造価値』&『体験価値』&『態度価値』】を実感する。  その後、東京女子大学(東京都杉並区)の委員会に赴く。 筆者は、癌研部長時代、原田明夫(1939-2017:元検事総長・東京女子大学前理事長)と、2000年『新渡戸稲造 武士道100周年記念シンポ』(国連大学)& 2002年『新渡戸稲造(1862-1933)生誕140年記念シンポジウム』(伊香保温泉)&  2003年『新渡戸稲造没後70年』(札幌)を企画する機会が与えられた。 順天堂大学教授に就任した2004年には、国連大学で『新渡戸稲造5000円札さようならシンポ』を一緒に開催して頂いたことが 走馬灯のように駆け巡ってくる。   一番の思い出は、原田明夫氏と 月1回『21世紀の知的協力委員会』を開催したことである。 新渡戸稲造が国際連盟事務次長時代(1920〜1926)に設立したのが『知的協力委員会』である。【世界中の叡智を集めて設立した『知的協力委員会』には 哲学者のベルグソン(1859-1941)や 物理学者のアインシュタイン(1879-1955)、キュリー夫人(1867-1934)らが委員として参加し 各国の利害調整にあたった。『知的協力委員会の後身がユネスコ』】である。   そして、『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年 発行イーグレープ)(新訂版2...

第578回 『暇げな風貌』&『偉大なるお節介』〜 悩める人々を慰める 〜

 2026年10月4日 (日) 午前中 wifeとChristian Academy in Japan (CAJ)にあるKBF(Kurume Bible Fellowship)に赴いた。 聖餐式(Communion Ceremony)の日であった。 今回は『何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。』(マタイの福音書7章12節)の復習となった。  【『訪れる人を 温かく迎い入れる』& 役割意識と使命感 〜 『新しい自分の発見 & 他人の理解を深める』〜】の原点でもあろう。 まさに、『自分の力が 人に役に立つと思うときは 進んでやれ』(新渡戸稲造:1862-1933)である。   『生活環境や 言葉が違っても 心が通えば友達であり、心が通じ合う人と 出会うことが 人間の一番の楽しみである。』(新渡戸稲造)を体験する日々でもある。 人間は、お節介をやいてもらいたい生物である。 でも『余計なお節介』は嫌である。『偉大なるお節介』とは、他人の必要に共感することであり、『余計なお節介』&『偉大なるお節介』の違いと その是非の考察がこれからの大きな課題となろう。   また、他の人々に注意を向けるには、『暇げな風貌』が必要であると考える。『暇げな風貌』&『偉大なるお節介』は、『悠々と謙虚を生む』ことであろう。『偉大なるお節介症候群』が蔓延化すれば、如何に、『悩める人々の慰め』となろう。 新渡戸稲造は【『最も剛毅なる者は最も柔和なる者であり、愛ある者は勇敢なるものである』とは普遍的に真理である。】と述べている。  ヘレン・アダムス・ケラー(1880-1968)は、2歳の時に高熱にかかり、聴力、視力、言葉を失い、話すことさえ出来なくなった。 両親から躾けを受けることの出来ない状態となり、家庭教師として派遣されてきたのが、当時20歳のアン・サリヴァン(1866 -1936)であった。 サリヴァンは その後約50年にも渡って、よき教師として、そして友人として、ヘレンを支えていくことになる。  【ヘレン・ケラーが『人生の眼』を開かれたのは『いのちの言葉』との出会いである。『I am only one, but still I am one. I cannot do everything, but still I can do something...

第579回 『だいじょうぶ!』〜 『なせば成る なさねば成らぬ』 〜

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 2026年10月10日  代表者(キリン:田口謙治 & ニワトリ:田口桂子夫妻)(記念誌に記述されている)の主催の第55回『市ヶ谷だいじょうぶ!カフェ』(後援 千代田区社会福祉協議会)での講演に赴いた。『市ヶ谷だいじょうぶ!カフェ』は、2022年4月16日にスタートされた。 今回も、60名を超える参加者で、筆者は 別室で6組(8人) の個人面談の機会が与えられた。 複数の筆者の本を持参され、サインも求められた。 大変有意義な充実した時となった。  2027年1月30日 広島県広島市の文化センターで、映画『がんと生きる言葉の処方箋』の上映会を企画される方も参加されていた。 筆者は『ゲストトーク』を依頼された。 また、山形県から出席されていた牧師夫妻が『山形だいじょうぶ!カフェ』を企画されたいとのことである。  大いに感激した。  想えば、 2023年10月8日、米沢興譲教会でWifeは、礼拝説教『祝福:発見し、発掘し、人に与える』(ルツ記2章1〜12節)(同時通訳)を依頼された。 会堂は、多数の出席者であった。 筆者は、午後、講演会『興譲の精神 〜 賢明な寛容 〜』の機会が与えられた。 滋賀県、東京都、福島県、宮城県、新潟県からも参加されていた。 大いに感動したものである。  【2023年1月12日夜『今、テレビで上杉鷹山の山形を放送しています。 2013年 駐日米国大使に就任した長女キャロライン・ケネディが、父のジョン・F・ケネディが大統領就任の時、日本の新聞記者が『日本で最も尊敬する政治家はだれですか』と質問したら、ケネディは『上杉鷹山です』と答えたエピソードをしていました。』】との連絡を頂いたことが、今回 鮮明に想い出された。  『なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人のなさぬなりけり』(どんなことでも強い意志を持ってやれば必ず成就する)は上杉鷹山(1751-1822)の有名な名言である。 これは、2007年12月9日東久留米のCAJ(クリスチャン・アカデミー・イン・ジャパン)で読書会をスタートし、2008年『東久留米がん哲学外来』を開始した筆者への『言葉の処方箋』でもある。  会場から質問も複数寄せられた。『愛ある者は 勇敢なる者である』&『暇(ひま)=日間=太陽の光が差し込む』と語った。 スタッフの皆様の『相手を思いやる慈愛の心』...

第577回 『がん哲学』〜 『深くて簡明、重くて軽妙、情熱的で冷静、胆力と品性』 〜

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  2026年9月30日(10:40~12:10) 順天堂大学 さくらキャンパス(千葉県印西市)での講義『がん哲学』、10月1日は、順天堂大学健康データサイエンス学部1年生 (浦安日の出キャンパス)後期授業『医療概論-人体の機能と構造』で『病理、がん哲学』(10:40-12:10)に赴く。『2連チャン症候群』である。  『がん哲学』(2004年3月7日発行 to be出版) では、【『科学としてのがん学』を学びながら、『がん学に哲学的な考えを取り入れていく領域がある』との立場に立ち、『がん哲学』を提唱する。】と記述されている。 第一章 がん細胞の世界から人間社会を語る ・『がん哲学』の気概 ー ミクロの世界でマクロの世界を思う。 ・がんの発症部位と生活スタイル ー 食生活の変化で違い。 他 第二章 がん細胞の知恵に学ぶ ・がん細胞は自分を変えて転移する ー 痛みを伴う変革。 ・がん細胞の二つのタイプ ー 内発的がんと、外発的がん。 他 第三章 先人の志を継承しつつ ・人物を通して流れる歴史の動脈 ー 真の改革とは。 ・若き日に人格的出会いを ー 教育の本質。 他 第四章 病理学の復権を ・病理学の復権を夢見て ー 広々とした病理学。 ・専門分野からの哲学者を -『具眼の士』出でよ。 他 『2011年3月31日 出版社 EDITEX』では、【『病理学』とは、病気の根幹を追求しようとする『the study of the diseased tissues』である。病気の本態が遺伝子レベルで具体的に考えられるようになり、21世紀は、病理学にとってエキサイティングな時代の到来である。『がん哲学』が、『潜在的な需要の発掘』と『問題の設定』を提示する。】とある。 (1)世界の動向を見極めつつ歴史を通して今を見ていく。 (2)俯瞰的に病気の理を理解し『理念を持って現実に向かい、現実の中に理念』を問う人材の育成。 (3)複眼の思考を持ち、教養を深め、時代を読む『具眼の士』の種まきに 資すれば、望外の喜びである。 『深くて簡明、重くて軽妙、情熱的で冷静、胆力と品性』が『がん哲学』の夢である。

第576回 『継続は力なり』〜 視野狭窄にならず、教養を深め、時代を読む 〜

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 2026年9月21日 Zoom『南原繁研究会幹事会』に出席した。 筆者は、2004年にスタートした南原繁研究会の3代目の代表を仰せつかっている。 毎年(文化の日)シンポジウムが企画され『シンポジウムの記録本』が発行されていている。   南原繁(1889-1974)は、新渡戸稲造(1862-1933)と内村鑑三(1861-1930)から大きな影響を受けた。 新渡戸稲造は、日露戦争後7年間、第一高等学校の校長を務めているが、南原繁は新渡戸稲造校長時代の一高で学び、影響を受けた。 一高時代、南原繁は『聖書之研究』を読み始め、東大法学部に入学後、内村鑑三の聖書講義に出席するようになった。 東大卒業後の南原繁は、内務官僚から学者に転進し、ヨーロッパ留学を経て東大教授となり、政治学史を担当、政治哲学を深めていき重要な著作を発表する。 そして戦争中は 社会的発言は意識的に控え、ひたすら に 学問に打ち込む。 その態度をして、『洞窟の哲人』と呼ばれたほどである。 しかし昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲の前日に法学部長に就任、日本の敗色濃厚となった中で、法学部の有力教授たちと終戦工作を相談し、重臣らと接触した。 そして戦後、東大総長に就任、国家の再建を呼びかけ、戦後改革の理想を掲げて、ことに教育改革に主導的役割を果して行く。  筆者は、南原繁が東大総長時代の法学部と医学部の学生であった二人の恩師から、南原繁の風貌、人となりを直接うかがうことが出来た。 【南原繁は『高度な専門知識と幅広い教養を兼ね備え』&『視野狭窄にならず、複眼の思考を持ち、教養を深め、時代を読む
具眼の士』&『教養ある人間とは、自分のあらゆる行動に普遍性の烙印を押すことであり、自己の特殊性を放棄して普遍的な原則に従って行為する人間のことである』】と教わった。 筆者は、若き日に、全巻『南原繁著作集1〜10巻』を古本屋で購入し熟読したものである。   『時代を動かすリーダーの清々しい胆力』としての『人間の知恵と洞察とともに、自由にして勇気ある行動』(南原繁著の「新渡戸稲造先生」より)という文章が 思い出される今日この頃である。 それが、2007年から東久留米市での毎月の【新渡戸稲造『武士道』(岩波文庫、矢内原忠雄:1893 – 1961 訳) と 内村鑑三(1861 – 1930)『代表...

第575回 『もしかすると、この時のため』〜 新しい自分の発見 〜

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 2026年9月16日『ひばりが丘駅 ―> 池袋駅 ―> 日暮里駅 ―> 柏駅』の電車の中から、外の風景、江戸川を観ながら 心が大いに癒された。  柏駅から【柏豊四季台団地の中央にある地域包括ケアシステムの要ともいえる『柏地域医療連携センター』】での『柏がん哲学外来』(担当:『がん哲学外来あびこカフェ』の代表でもある中野綾子氏) に赴いた。   3組の個人面談の機会が与えられた。【もしかすると、この時のため(旧約聖書 エステル記4章14節)】&【役割意識と使命感 〜 『新しい自分の発見 & 他人の理解を深める』〜】&『自分の力が 人に役に立つと思うときは 進んでやれ』(新渡戸稲造: 1862-1933) を さりげなく語った。   終了後、スタッフ、【東京都内の『がん哲学外来亀有メディカルカフェ』(代表:小暮信子氏) 、面談者 と 昼食をした。 大変、有意義な充実した貴重な時となった。  皆様の『心得と胆力』には、大いに感服する。 『趣味は読書』と言われた面談者に、筆者は2007年から東久留米市で 毎月【新渡戸稲造『武士道』(岩波文庫、矢内原忠雄:1893 – 1961 訳)と 内村鑑三(1861 – 1930)『代表的日本人』(岩波文庫、鈴木範久:1935 –  訳)を交互に読み進める『読書会』を行っていると語った。 大変興味を持たれた。 『柏がん哲学外来』は、2009年当時の国立がんセンター東病院の病院長の江角浩安先生のお計らいで、柏の葉キャンパス駅隣接の国立がんセンター東病院の施設ビルで開始し、その後、施設ビルがなくなり、2016年からは、現在の柏地域医療連携センターに移動された。 2024年6月27日には、中野綾子氏とスタッフの皆様が『柏がん哲学外来15周年記念講演会』(柏地域医療連携センターに於いて)を企画された。  会場には多数の参加者であった。 大いに感動したものである。  今年(2026年)は、『柏がん哲学外来開設17周年』で、柏地域医療連携センターに移動10周年でもある。 継続の大切さを実感する日々である。 まさに『病気であっても、病人ではない。』&『解決できなくても、解消はできる。』&『マイナス X マイナス=プラス。 自分より困っている人を探して助ける。』...

第574回 『できることを拒まない』〜 他人の必要に共感する 〜

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 2026年9月8日 第140回『がん哲学外来メディカル・カフェ@よどばし』(淀橋教会に於いて)に赴いた。『がん哲学外来メデイカル・カフェ@よどばし』は 2014年にスタートされ、この度『12周年記念文集 ”できることを拒まない“』が製本された。  市川牧子先生の司会で進められた。 恒例の『365日の紙飛行機』(作詞:秋元康,作曲:角野寿和・青葉紘季)の熱唱で始まった。 『人生は紙飛行機 --- その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだのか それが 一番大切なんだ』の歌詞が、今回も心に沁みた。 会場からは『正常細胞 と がん細胞の違い』、『がん哲学の由来』などの複数の質問もあった。 そして、『糸』(作詞 & 作曲:中島みゆき)の合唱で終えた。 大変有意義な充実した貴重な時となった。  < ことばの処方箋 〜 樋野興夫語録@よどばし part 1 >【『偉大なるお節介 (他人の必要に共感する)』+『暇げな風貌』+『速効性と英断』】には、下記が掲載されていた(抜粋)。 『病気であっても、病人ではない。』&『解決できなくても、解消はできる。』&『マイナス X マイナス=プラス。 自分より困っている人を探して助ける。』&『人間は説得させるのではなく、気にさせるもの。』&『やるだけのことはやって、あとは心の中でそっと心配する。 ほっとけ症候群。』&『他人の必要に共感する。 正論よりも配慮が必要。』&『尺取虫運動で生きる。 階段を上がるような成長。』  <ことばの処方箋 〜 樋野興夫語録@よどばしpart 2>【『冗談を本気でする人物が必要』① 存在自体が周囲を明るくする人 『爆笑症候群』  ② 楽観的に物事を考える人 『爆睡症候群』③ 自分の問題をユーモアに語る人 『気がかり症候群』】には、下記が掲載されていた(抜粋)。  『わたしは、ちびた鉛筆』(謙遜) &『周りに 自分のことを思ってくれる人は必ずいる。』&『涙と共にパンを食べた者でないと 人生の味は分からない。』&『心と心の対話が必要。人生は思い出づくり。』&『何かをやる時に 必ず邪魔する人がいるが、気にすることなくやる。「ほっとけ」』  まさに『がん哲学外来・カフェ』は、『人にしてもらいたいと思うことは...