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第540回 行動への原動力 〜 思いを超えて進展する 〜

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  2026年3 月28日 羽田空港から福岡空港に向かった。 スタッフの畠山真理男氏が、空港に迎えに来て頂いた。そして、【福岡ホスピスの会 第 80 回がん哲学外来『ぬくみカフェ』(サンパウロ福岡宣教センター3 階(聖パウロ修道会】(代表:柴田須磨子氏)での講演会に赴いた。【『福岡ホスピスの会』は、2015年2月の樋野興夫先生の講演会を機に、2015年5月より 温もりのある『ぬくみカフェ』を開催する運びとなりました。】と謳われている。  今回の『ぬくみカフェ』は多数の参加者で、講演の後、筆者は別室で4組の個人面談の時も与えられた。 福岡県八女市で第3回『日本Medical Village(メディカルヴィレッジ)学会』(2020年)と第5回『日本メディカルヴィレッジ学会』(2022年)の大会長をされた原 口 勝 先 生(み ど り の 杜 病 院 ・ 院 長)も出席されていた。 筆者は、理事長として『日本Medical Village 学会=病気になっても 安心して暮らせる社会の構築=1人の人間を癒すには1つの村が必要』が、2016年6月9日設立された。 【『日本Medical Village 学会』は、『ユーモアに溢れ、心優しく、俯瞰的な大局観のある人物』の育成訓練の場』】でもある。  終了後、スタッフの皆様と夕食会の時を持った。 大変有意義な充実した【第 80 回がん哲学外来『ぬくみカフェ』】であった。 【すべての始まりは『人材』である。 行動への意識の根源と原動力をもち、『はしるべき行程』と『見据える勇気』、そして世界の動向を見極めつつ、高らかに理念を語る『小国の大人物 出でよ!』】 の修練である。『医療維新の事前の舵取り』ともなろう。 筆者の故郷は無医村(島根県出雲大社町鵜峠)であり、幼年期、熱を出しては母に背負われて、峠のトンネルを通って、隣の村(鷺浦)の診療所に行った体験が、今でも脳裏に焼き付いている。『ビジョンは人知・思いを超えて進展する』ことを痛感する日々である。  福岡市・天神にある西鉄グランドホテルに宿泊し、翌日3月29日は 博多駅から新幹線で小倉駅に向かい 小倉記念病院の講堂での『在宅ホスピスフェスタ北九州2026』(林利律子氏の企画)に赴いた。  総合司会:看護師の真鍋哲子氏で進められた。オカリナ演奏、映画『がんと生...

第539回 『長所に目を向けて、短所に目をつぶる』〜 尊敬の念が湧く〜

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 筆者は、2026年3月24日『日中医学協会(The Japan China Medical Association) 広報委員会 委員』を仰せつかっている日中医学協会のZoom『日中医学協会2025年度第3回広報委員会』に参加した。【日中医学協会は、日本と中国の医療関連諸領域における交流事業を行い、日中両国及び日中両国を中心としたアジア地域の保健医療の普及及び向上に寄与することを目的として、(1)研究助成及び学術的共同研究の実施、(2)学術会議、(3)医療協力事業及び支援活動、(4)調査・情報収集、広報啓発活動、(5)人材育成、(6)招請、派遣、その他目的達成のために必要な事業を行っております。】と謳われている。 まさに、『日本と中国の懸け橋は医療』であろう!  2017年 北京大学での講演に招待され、そして北京大学出版局から筆者の本の中国語訳が出版されたことが、今回、鮮明に想い出された。 【『真の国際人:新渡戸稲造(1862-1933)が 東洋と西洋をつなぐ架け橋』】になることを願ったように、『日中の架け橋』の時代的到来を痛感する。 新渡戸稲造は、国際連盟事務局事務次長(1920年〜1926年)就任した。 当時『ジュネーブの輝ける星』とうたわれた日本が誇る国際人でもある。『新渡戸稲造 壁を破る言葉 逆境に立ち向かう者へ 40のメッセージ』(三笠書房発行)が 出版される運びとなった。  【他人を尊敬する念は、誰の心中にも必ず潜んでいて、また少し注意すれば、どんな人に対しても、必ず尊敬すべき理由を発見し得るものである。 『六の長所に目を向けて、四の短所に目をつぶる』ということを 新渡戸稲造は すすめています。  短所に目をつぶり、積極的に長所を見れば、自然に相手に対する尊敬の念が湧き、礼節を守るようになる。 忍耐強い芸術的な『外交哲学』の『実例と実行』を示した】。 まさに『歴史の動脈は 人物を通して流れている』の復習の時となった。  世界の国々が、それぞれの器官の役割を成すように関係し合えば、平和な社会が出来上がっていくであろう。 日本は『肝臓』であるべきではないかと思う(『日本肝臓論』)。『肝臓』という器官は切られても すぐに再生し、また異物に寛容な性質がある。 さらに、解毒・代謝作用がある。 日本という国自体も同様に一部が機能しなくなったとしても すぐに...

第538回 状況にも関わらず 一日一時間の読書 〜 心をそっと、開く時間 ~

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  筆者は、2026年3月19日 埼玉医科大学総合医療センターの ブレストケア科(教授 北條隆先生 & 秘書 鈴木綾香氏)での『がん哲学外来』に赴いた。 今回、ブレストケア科の 近藤奈美先生、末安玲奈先生も同席された。 大変有意義な充実した『がん哲学外来』となった。    面談者は、ご家族と 一緒に来られ  以前、筆者の講演を聞かれたようで、筆者の本も複数読まれ『言葉の処方箋』も 暗記されていた。 下記を質問した。 ☆『いぬのおまわりさん』の現代的意義をのべよ ! → 何の解決もしないが、一緒に困ってくれる人がいることで 慰められる ☆『ドラえもん』の現代的意義をのべよ ! → どんな境遇に関らず、靴を履いて外に出ると 何か(出会い)が与えられる  まさに『生きる力を引き出す 寄り添い方』(2018 年青春出版社発行)の実践であった。【大切な人が、がんになったとき… なぜ、どうして… 何の、誰のせいで… いつから… どうすれば… たくさんのことが、次から次へとわきあがってきます。 どう考えて、何をすればいいのか… これまで多くの患者や家族と個人面談を続けてきて、見えてきたことを綴りました。『人生の眼を開く』〜『言葉の処方箋』〜】である。  『新渡戸稲造 壁を破る言葉』(2023年10月5日 三笠書房発行)も購入されるようである。 大いに感動した。【『置かれた状況にも関わらず 一日一時間の読書』が『心をそっと、開く時間。 がんの患者、支えておられるご家族、互いの思いを語り合い、共に歩んでいくための場所』】となろう!  筆者は、若き日から、毎日 一時間は、読書を心がけている。  読書会【新渡戸稲造(1862-1933)著『武士道』(1899年;矢内原忠雄訳) & 内村鑑三(1861-1930)著『代表的日本人』(1908年;鈴木範久訳)】を2007年から継続的に毎月行っている。 ゲーテ(1749-1832)を こよなく敬愛したスイスの作家 ヨハンナ・シュピリ(1827-1901)の『アルプスの少女ハイジ』の現代的意義は、『喜んで無邪気に 小さなことに 大きな愛を込める』】と何時も さりげなく語る。

第537回 『人生の眼を開く』〜 『安心をもたらしてくれる 人・物・事』 ~

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 2026年3月15日は、第9回日本Medical Village学会・三方よし研究会市民公開講座(滋賀県の能登川コミュニティセンターに於いて)に赴いた。 今回の大会長は 【東近江市永源寺地域の保健・医療・福祉が一体となった地域包括ケアを行なわれている診療所長 花戸貴司先生】であった。 日本Medical Village学会の理事長を務めている筆者は、基調講演【『人生の眼を開く』〜『言葉の処方箋』〜】を依頼された。  司会は三方よし研究会実行委員の小原日出美氏が務められ、基調講演、情報提供、特別講演Ⅰ・Ⅱへと続くプログラムが案内された。  開会にあたり、NPO法人三方よし研究会 副理事長の大石和美氏が挨拶された。 筆者の基調講演の後、大会長の花戸貴司先生より、【『がん と がん患者の現状』について『情報提供』】であった。  特別講演Ⅰは、滋賀県がん患者団体連絡協議会会長の菊井津多子氏が、『一緒に考えよう ~ がん患者に 安心をもたらしてくれる 人・物・事 ~』をテーマに、【メディカルビレッジの考え方が 東近江から滋賀県全体、さらに全国へと広がっていってほしいという願い】が語られた。 特別講演Ⅱでは、写真家の國森康弘氏が、『写真が語る、命のバトンリレー ~ 悲しくも温かな死の先に ~』をテーマに 講演された。 そして、 三方よし研究会 副理事長の楠神渉氏が、閉会の挨拶をされた。 皆様の真摯な姿勢には、大いに感動した。  早速、【基調講演では、順天堂大学名誉教授の樋野興夫先生が『人生の目を開く ことばの処方箋』をテーマにお話しくださいました。 樋野先生は、ご自身の故郷での原体験や、『がん哲学外来』の実践を通して、『病気であっても病人ではない』という視点を大切にしながら、病気そのものだけでなく、その人の人生や思いに 寄り添うことの大切さを語られました。 また、『支える』と『寄り添う』は少し違うこと、困っている人と一緒に困ってくれる人の存在が、その人の悩みをやわらげること、さらに、希望を持って生きる人を 誰が病人と呼ぶのか、という印象深いメッセージも届けてくださいました。  『がん哲学』とは、『生物学としての“がん” と、人間学としての“哲学”』を重ね合わせ、人が病と共に どう生きるかを考える営みであることも、わかりやすく お話しくださいました。】&【本日...

第536回 『心の通じる対話の場』〜『親切な人間学の学び』

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 筆者は、2026年 3月7日(土)、 雪の積もる 群馬県の万座温泉日進館(標高1800メートル)での【『2026年 メディカル・ヴィレッジ in 嬬恋村 がん哲学外来カフェ in 万座』〜『樋野先生お誕生日お祝い会』〜】に赴いた。  千葉県、埼玉県、東京都、神奈川県、長野県からも参加されていた。  『お祝いの会(宴会)』で、芸術大学の学生が制作された絵画を Wifeがプレゼントしてくれた。 ただただ感謝である。 涙無くして語れない!    ロビーで講演『縦と横. バランスがとれる』の機会が与えられた。 ロビーから複数の質問が寄せられた。 大いに感動した。 その後、懇談会であった。 3月8日(日)午前中  2012年 万座温泉日進舘で開設された『がん哲学外来カフェ』であった。【『2026年 メディカル・ヴィレッジ in 嬬恋村 がん哲学外来カフェ in 万座』〜『樋野先生お誕生日お祝い会』〜】の『記念誌』が作成されるとのことである。 ただただ感服する。   3月10日 Wifeは、都内で【English Cancer Philosophy Café:A place for cancer patients, survivors, their families and friends to come together and support one another. 10:00am-12:00pm】を行う。  筆者は、新渡戸稲造記念センター ―> 『がん哲学外来メディカル・カフェ@よどばし』(淀橋教会に於いて)に赴く。『がん哲学外来メディカル・カフェ@よどばし』は、2014年7月6日(日)にスタートされた。 今回は第133回である。 継続の大切さを実感する日々である。 何時も、『365日の紙飛行機』の熱唱で始まり、『糸』を合唱して終える。  7月26日(日)は『メディカル・カフェ@よどばし12周年記念講演会』が企画される様である。 【『がん哲学外来』とは、がんと告知されてから、あなたが考える『悩み・不安・想い・願望』などを 直に聴いて『解消できる道』を 一緒に探し『医療の隙間』を埋める活動です。 がんを患うご本人だけでなく、支えられている家族の方々の相談も行います。 今や世界的にも注目されてい...

第535回 『幼年時代の想い出』 〜 脳裏に焼き付いている 〜

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 2026年3月3日は、アメリカ合衆国ミシガン州在住の娘の誕生日で、今日(3月4日)は、孫の8才の誕生で、3月7日は 筆者の誕生日である。今週は、『誕生日 3連チャン症候群』である。 3月4日、自宅から壮大な品格のある『雪の積もる富士山(3776m)』を眺め 大いに心が癒された。【筆者の誕生の年(1954年3月7日)の母の元旦の夢が『富士山』であり、幼児の時から『富士山子』と呼ばれて 育ったものである】。『幼年時代のインプリンテイングは 生涯に影響を与える愛情の原点』となろう!    筆者の母の兄達は、太平洋戦争で戦死し、末っ子の母が家を継いだ。 そして、祖父 (1888-1972)から 家を継いだ末娘(母)の3人の子供の末っ子の長男:筆者に『家を興(おこ)す = 樋野興夫 = ひのおきお = Origin of Fire』と命名されたと、膝に抱かれて聞かされた『幼年時代の想い出』が蘇ってくる。 そして、『われ Origin of fire:樋野興夫(ひの おきお = 火のおきを!):たらん』(to be 出版 2005年)の発行が実現したものである。   筆者の母(1923年2月20日 〜 2019年6月3日)は、島根県出雲市大社町鵜峠(うど)の自宅に於いて、安らかに 96歳の天寿を全うした。 故郷は無医村であり、幼年期、熱を出しては 母に背負われて、暗闇の長いトンネルを通って、隣の村:鷺浦(さぎうら)の診療所に行った体験が、今でも脳裏に焼き付いている。 そして、筆者は、『人生3歳にして医者になろう』と思ったようである。  母校の鵜鷺【鵜峠+鷺浦 = 鵜鷺(うさぎ)小学校、中学校】は、既に廃校になった。  小学校5年生の時 担任の先生から命令され、毎日、日記を書いて登校した。 それが、今の毎週5つのブログの執筆に繋がったものである。『不思議な 人生の不連続の連続性』を痛感する日々である。  筆者の父は、92歳で鵜峠の自宅に於いて逝去した(1921〜2013)。 父は婿養子で、貨物船やタンカーの機関長であった。 筆者は、小学生、中学生時代の夏休み、母と父の船に乗り、日本海、太平洋の船旅をしたものである。 清水港で 船上から、『富士山子』として、直接、富士山を望んだものである。 これが、今、『クルーズの旅』―>『屋形船の旅』を始め...

第534回 愛の架け橋 〜 人智を超え 扉を開く 〜

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 2026年2月27日 定期的な病理組織診断業務に赴いた。『顕微鏡を見て病気を診断する = 森を診て木の皮まで診る』実践である。 誤診は許されない厳粛な場である。【病理組織診断は『風貌を診て、心まで読む = 人生の根幹を追求する医療】でもある。 【顕微鏡観察は『がん哲学 = 癌細胞の病理と人間社会の病理 = 生物学と人間学』の原点】である。 病理学者が『がん哲学外来』を創設出来たのは ここにあろう!【『がん細胞の病理』と『人間社会の病理』の類似性が、2001年『がん哲学』の提唱となった】 そして、2008年 順天堂大学病院で【『病気』であっても『病人』ではない社会の構築を目指して『がん哲学外来』が開設】されることとなった。『出会いの流れ』を痛感する。  2026年2月28日(午前中)源川達也氏主催の哲学カフェ『flower cafe Luana』(さいたま市北区宮原町)での講演に赴く。 講演後は、『質疑・対話・ランチ』とのことである。  午後は、お茶の水クリスチャンセンター(OCC)8階ホールで、『布花と朗読劇(山本みどり氏 & 水澤心吾氏) 〜 稲造とメリー ~ 太平洋の愛の架け橋 ~』に向かう。『世界平和のために 奔走した新渡戸稲造とその妻・メリー。どんな苦境に遭っても夫婦の絆が、愛の架け橋となって 未来への扉を開くーー』が開催される。  山本みどり 氏は、【TBSポーラテレビ小説『夫婦ようそろ』で主演デビュー。『水戸黄門』シリーズや翻訳劇『殺しのリハーサル』など舞台やテレビドラマを中心に活躍。】& 水澤心吾氏は、【1977年『天守物語』より、本格的に俳優の道を進む。 以後、テレビドラマ、映画、舞台を中心に活躍。 ライフワークとして一人芝居『決断命のビザ杉原千畝物語』を全国で公演中。】と紹介されている。  筆者は、第2部『新渡戸稲造を語る』で 講演の機会が与えられた。【患者と家族の 心に寄り添う対話の場を、全国で広める活動を続けている。新渡戸稲造に関する著作の執筆や講演活動も行う】と記載されている。  筆者は、2008年10月 インターナショナルスクール(CAJ)で『東久留米がん哲学外来・カフェ』を開始する機会が与えられた。 前年(2007年)には、新渡戸稲造(1862-1933)著『武士道』、内村鑑三(1861-1930)著『代表的日本人』の読書会を始めた。そ...