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第577回 『がん哲学』〜 『深くて簡明、重くて軽妙、情熱的で冷静、胆力と品性』 〜

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  2026年9月30日(10:40~12:10) 順天堂大学 さくらキャンパス(千葉県印西市)での講義『がん哲学』、10月1日は、順天堂大学健康データサイエンス学部1年生 (浦安日の出キャンパス)後期授業『医療概論-人体の機能と構造』で『病理、がん哲学』(10:40-12:10)に赴く。『2連チャン症候群』である。  『がん哲学』(2004年3月7日発行 to be出版) では、【『科学としてのがん学』を学びながら、『がん学に哲学的な考えを取り入れていく領域がある』との立場に立ち、『がん哲学』を提唱する。】と記述されている。 第一章 がん細胞の世界から人間社会を語る ・『がん哲学』の気概 ー ミクロの世界でマクロの世界を思う。 ・がんの発症部位と生活スタイル ー 食生活の変化で違い。 他 第二章 がん細胞の知恵に学ぶ ・がん細胞は自分を変えて転移する ー 痛みを伴う変革。 ・がん細胞の二つのタイプ ー 内発的がんと、外発的がん。 他 第三章 先人の志を継承しつつ ・人物を通して流れる歴史の動脈 ー 真の改革とは。 ・若き日に人格的出会いを ー 教育の本質。 他 第四章 病理学の復権を ・病理学の復権を夢見て ー 広々とした病理学。 ・専門分野からの哲学者を -『具眼の士』出でよ。 他 『2011年3月31日 出版社 EDITEX』では、【『病理学』とは、病気の根幹を追求しようとする『the study of the diseased tissues』である。病気の本態が遺伝子レベルで具体的に考えられるようになり、21世紀は、病理学にとってエキサイティングな時代の到来である。『がん哲学』が、『潜在的な需要の発掘』と『問題の設定』を提示する。】とある。 (1)世界の動向を見極めつつ歴史を通して今を見ていく。 (2)俯瞰的に病気の理を理解し『理念を持って現実に向かい、現実の中に理念』を問う人材の育成。 (3)複眼の思考を持ち、教養を深め、時代を読む『具眼の士』の種まきに 資すれば、望外の喜びである。 『深くて簡明、重くて軽妙、情熱的で冷静、胆力と品性』が『がん哲学』の夢である。

第576回 『継続は力なり』〜 視野狭窄にならず、教養を深め、時代を読む 〜

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 2026年9月21日 Zoom『南原繁研究会幹事会』に出席した。 筆者は、2004年にスタートした南原繁研究会の3代目の代表を仰せつかっている。 毎年(文化の日)シンポジウムが企画され『シンポジウムの記録本』が発行されていている。   南原繁(1889-1974)は、新渡戸稲造(1862-1933)と内村鑑三(1861-1930)から大きな影響を受けた。 新渡戸稲造は、日露戦争後7年間、第一高等学校の校長を務めているが、南原繁は新渡戸稲造校長時代の一高で学び、影響を受けた。 一高時代、南原繁は『聖書之研究』を読み始め、東大法学部に入学後、内村鑑三の聖書講義に出席するようになった。 東大卒業後の南原繁は、内務官僚から学者に転進し、ヨーロッパ留学を経て東大教授となり、政治学史を担当、政治哲学を深めていき重要な著作を発表する。 そして戦争中は 社会的発言は意識的に控え、ひたすら に 学問に打ち込む。 その態度をして、『洞窟の哲人』と呼ばれたほどである。 しかし昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲の前日に法学部長に就任、日本の敗色濃厚となった中で、法学部の有力教授たちと終戦工作を相談し、重臣らと接触した。 そして戦後、東大総長に就任、国家の再建を呼びかけ、戦後改革の理想を掲げて、ことに教育改革に主導的役割を果して行く。  筆者は、南原繁が東大総長時代の法学部と医学部の学生であった二人の恩師から、南原繁の風貌、人となりを直接うかがうことが出来た。 【南原繁は『高度な専門知識と幅広い教養を兼ね備え』&『視野狭窄にならず、複眼の思考を持ち、教養を深め、時代を読む
具眼の士』&『教養ある人間とは、自分のあらゆる行動に普遍性の烙印を押すことであり、自己の特殊性を放棄して普遍的な原則に従って行為する人間のことである』】と教わった。 筆者は、若き日に、全巻『南原繁著作集1〜10巻』を古本屋で購入し熟読したものである。   『時代を動かすリーダーの清々しい胆力』としての『人間の知恵と洞察とともに、自由にして勇気ある行動』(南原繁著の「新渡戸稲造先生」より)という文章が 思い出される今日この頃である。 それが、2007年から東久留米市での毎月の【新渡戸稲造『武士道』(岩波文庫、矢内原忠雄:1893 – 1961 訳) と 内村鑑三(1861 – 1930)『代表...

第575回 『もしかすると、この時のため』〜 新しい自分の発見 〜

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 2026年9月16日『ひばりが丘駅 ―> 池袋駅 ―> 日暮里駅 ―> 柏駅』の電車の中から、外の風景、江戸川を観ながら 心が大いに癒された。  柏駅から【柏豊四季台団地の中央にある地域包括ケアシステムの要ともいえる『柏地域医療連携センター』】での『柏がん哲学外来』(担当:『がん哲学外来あびこカフェ』の代表でもある中野綾子氏) に赴いた。   3組の個人面談の機会が与えられた。【もしかすると、この時のため(旧約聖書 エステル記4章14節)】&【役割意識と使命感 〜 『新しい自分の発見 & 他人の理解を深める』〜】&『自分の力が 人に役に立つと思うときは 進んでやれ』(新渡戸稲造: 1862-1933) を さりげなく語った。   終了後、スタッフ、【東京都内の『がん哲学外来亀有メディカルカフェ』(代表:小暮信子氏) 、面談者 と 昼食をした。 大変、有意義な充実した貴重な時となった。  皆様の『心得と胆力』には、大いに感服する。 『趣味は読書』と言われた面談者に、筆者は2007年から東久留米市で 毎月【新渡戸稲造『武士道』(岩波文庫、矢内原忠雄:1893 – 1961 訳)と 内村鑑三(1861 – 1930)『代表的日本人』(岩波文庫、鈴木範久:1935 –  訳)を交互に読み進める『読書会』を行っていると語った。 大変興味を持たれた。 『柏がん哲学外来』は、2009年当時の国立がんセンター東病院の病院長の江角浩安先生のお計らいで、柏の葉キャンパス駅隣接の国立がんセンター東病院の施設ビルで開始し、その後、施設ビルがなくなり、2016年からは、現在の柏地域医療連携センターに移動された。 2024年6月27日には、中野綾子氏とスタッフの皆様が『柏がん哲学外来15周年記念講演会』(柏地域医療連携センターに於いて)を企画された。  会場には多数の参加者であった。 大いに感動したものである。  今年(2026年)は、『柏がん哲学外来開設17周年』で、柏地域医療連携センターに移動10周年でもある。 継続の大切さを実感する日々である。 まさに『病気であっても、病人ではない。』&『解決できなくても、解消はできる。』&『マイナス X マイナス=プラス。 自分より困っている人を探して助ける。』...

第574回 『できることを拒まない』〜 他人の必要に共感する 〜

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 2026年9月8日 第140回『がん哲学外来メディカル・カフェ@よどばし』(淀橋教会に於いて)に赴いた。『がん哲学外来メデイカル・カフェ@よどばし』は 2014年にスタートされ、この度『12周年記念文集 ”できることを拒まない“』が製本された。  市川牧子先生の司会で進められた。 恒例の『365日の紙飛行機』(作詞:秋元康,作曲:角野寿和・青葉紘季)の熱唱で始まった。 『人生は紙飛行機 --- その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだのか それが 一番大切なんだ』の歌詞が、今回も心に沁みた。 会場からは『正常細胞 と がん細胞の違い』、『がん哲学の由来』などの複数の質問もあった。 そして、『糸』(作詞 & 作曲:中島みゆき)の合唱で終えた。 大変有意義な充実した貴重な時となった。  < ことばの処方箋 〜 樋野興夫語録@よどばし part 1 >【『偉大なるお節介 (他人の必要に共感する)』+『暇げな風貌』+『速効性と英断』】には、下記が掲載されていた(抜粋)。 『病気であっても、病人ではない。』&『解決できなくても、解消はできる。』&『マイナス X マイナス=プラス。 自分より困っている人を探して助ける。』&『人間は説得させるのではなく、気にさせるもの。』&『やるだけのことはやって、あとは心の中でそっと心配する。 ほっとけ症候群。』&『他人の必要に共感する。 正論よりも配慮が必要。』&『尺取虫運動で生きる。 階段を上がるような成長。』  <ことばの処方箋 〜 樋野興夫語録@よどばしpart 2>【『冗談を本気でする人物が必要』① 存在自体が周囲を明るくする人 『爆笑症候群』  ② 楽観的に物事を考える人 『爆睡症候群』③ 自分の問題をユーモアに語る人 『気がかり症候群』】には、下記が掲載されていた(抜粋)。  『わたしは、ちびた鉛筆』(謙遜) &『周りに 自分のことを思ってくれる人は必ずいる。』&『涙と共にパンを食べた者でないと 人生の味は分からない。』&『心と心の対話が必要。人生は思い出づくり。』&『何かをやる時に 必ず邪魔する人がいるが、気にすることなくやる。「ほっとけ」』  まさに『がん哲学外来・カフェ』は、『人にしてもらいたいと思うことは...

第573回 『言葉の処方箋』〜『淡々と、ゆっくりと前進する』〜

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 2026年9月3日. 新渡戸稲造記念センターに赴き、その後、新渡戸記念中野総合病院 倫理委員会に出席した。 日々学びである。 9月4日は、『病理組織診断』業務に赴いた。  筆者にとっては、 『病理組織診断』業務は『顕微鏡を見て病気を診断する』で、癌研時代からの病理医としての原点である。 それが、2001年の『がん哲学 = 生物学+人間学』の提唱の原点となった。 そして、2008年 順天堂大学病院で『がん哲学外来 = 言葉の処方箋』が開設される運びとなった。  9月5日は、 【第15回がん哲学外来メディカルカフェ『風林火團』】 (主催:山梨ホスピス協会 理事長:阿部文明先生 担当者:中村由喜氏)】で、山梨県地場産業センターに赴く(添付)。『山梨ホスピス協会』理事長 阿部文明先生(山梨県立中央病院緩和ケア科医師)が、甲府駅に車で迎えに来てくださり、山梨県地場産業センターに向かう。 筆者は、講演『言葉の処方箋』の機会が与えられた。 筆者の『言葉の処方箋』は、学生時代からの読書遍歴{内村鑑三(1861-1930)・新渡戸稲造(1862-1933)・南原繁(1889-1974)・矢内原忠雄(1893-1961)}に由来する。『人生は人知を超えて、淡々と、ゆっくりと前進する』のを実感する日々である。  【がん哲学外来メディカルカフェ『風林火團』】は、2017年7月5日スタートされた。【がん哲学外来メディカルカフェ『風林火團』】のスタッフで、山梨英和中学校・高等学校校長を務められた岩間孝吉先生から、【1929年山梨英和女学校創立40周年記念会での、新渡戸稲造の講演『和を以って貴となす』の記事(1930年5月25日刊山梨英和女学校の『同窓会誌』)、山梨英和学院 1989年5月27日発行の『山梨英和100年』のコピー、新渡戸稲造と『NHK「花子とアン」で知られる「山梨英和女学校の英語教師であった村岡花子」の写真』】が送られてきたものである。  『1901年山梨県立甲府中学校 (現在の甲府第一高校) 第5代校長として大島正健(1859-1938)が着任すると、内村鑑三と共に新渡戸稲造が、甲府を訪ねているようです。 1906年山梨英和女学校の評議員に大島正健が就任すると、新渡戸稲造は、1909年山梨英和女学校卒業式で祝辞、1916年卒業式で講演、1929年山梨英和40周年記念講...

第572回 『丁寧な観察力の修練の場』〜『医師は生涯書生』〜

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 2026年8月28日は 定期的な『病理組織診断』業務に赴いた。  『病理組織診断』業務は『顕微鏡を見て病気を診断する=森を診て木の皮まで診る』実践である。 筆者にとっては、癌研時代からの病理医の原点で、『丁寧な観察力の修練の場』であり『医師は生涯書生』の心得でもある。  『がん細胞の病理』と『人間社会の病理』の類似性が、2001年の『がん哲学』の提唱の原点となった。 つまり、【『がんは生物学の法則』+『哲学は人間学の法則』=『がん哲学』】である。 そして、2008年 順天堂大学病院で【『病気』であっても『病人』ではない社会の構築】を目指して『がん哲学外来 = 言葉の処方箋』が開設された。  8月29日は、筆者が代表を務める『がん哲学外来市民学会』に赴く。 【『がん哲学外来市民学会』は、「市民の、市民による、市民のための学会」として、医師、医療従事者、一般市民、学生、中高生、あらゆる人々が立場を超えて集う『交流』の場でもある。 市民の立場に立つ『医療維新』を目指す。】  今回は、 【愛知大会大会長 松岡宏先生(藤田医科大学総合消化器外科教授)、実行委員長 彦田かな子氏(シャチホコ記念がん哲学外来メディカルカフェ担当者)、総合司会 星原美保子氏(がん哲学外来メディカルカフェ ふらカム担当者)】で【8月29日は『第15回 がん哲学外来コーデイネター 養成講座 in 愛知 〜 傾聴と対話と言葉 〜』、翌日の8月30日『第14回 がん哲学外来市民学会大会 〜 知を愛し、紡ぐ つながる 〜』】が開催される運びとなった(ウィンクあいち に於いて) 。  【愛知大会について: 知を愛するというのはフィロソフィの和訳で、今一度『がん哲学』の原点に返るという思いと 愛知県開催の意味を持ちます。 つながるというのは 病院と家庭の間を つなぐ第3の場の存在であり、人の命と想いを紡ぎつなげる本学会の活動を表しています。】と紹介されている。  『第1回がん哲学外来コーディネーター養成講座』(2011年12月17日、18日)が佐久で開催され、『佐久宣言』(2011年12月18日)が採択されるに至った。 1)『がん哲学外来市民学会』の設立 2)『がん哲学外来コーディネーター養成講座』修了証の発行 【『暇げな風貌』&『偉大なるお節介』&『胆力と気概』の習得】である。

第571回 『他人の必要に共感する』〜『利己的な happy より、利他的な joyful』〜

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 2026年8月22日は『がん哲学外来白鷺メディカル・カフェ 開設11周年記念講演会』(中野区の白鷺教会に於いて)に赴く(代表:太田和歌子氏/ 『21世紀のエステル会』 企画部長)。 2015年 妹様の中井理佐子氏(2016年8月逝去)が立ち上げられた。  【『信徒の友』2015 年 11 月号では、『白鷺メディカルカフェ』を始めた中井理佐子さんの記事が掲載されて、どんなふうに教会のカフェを立ち上げたかが、丁寧に紹介されていたので、大変参考になりました。 樋野先生の著書を読みつつ、周囲の既存のカフェに参加し、先輩方のアドバイスを伺いながら、少しずつ吸収したことを元に、自分たちに合ったスタイルで運営しています。】とある。 【『21 世紀のエステル会』のモットー:『他人の必要に共感すること』であり、『他の人々に注意を向ける』ことである。 筆者の生涯に強い印象を与えたひとつの言葉がある。『もしかすると、この時のためであるかもしれない。』(旧約聖書 エステル記 4 章 14 節)である。『21 世紀のエステル会』の役割は、『利己的な happy より、利他的な joyful』の普及であろう。】 今回の講演者:齋藤 洋子 氏( がん看護専門看護師 /元 あい熊谷クリニック勤務)の講演『 若くしてがんに罹患し、生きる人々について知ろう 』で、【『若くしてがんに罹患し、生きる人々について知ろう』AYA世代(15歳~39歳)のがん患者様が抱える不安や、治療と仕事・子育て・家庭生活との両立について、一緒に考えてみませんか。 看護師として患者様に寄り添ってきた経験をもとに、実際の事例を交えながらお話しいただきます。】と紹介されている。 筆者は、講演【『使命と役割に気づく』〜 小さなことに 大きな愛を込める 〜】の機会が与えられた。【がん哲学外来メディカルカフェとは?  樋野興夫先生(順天堂大学名誉教授 医学博士)の提唱により始まった『メディカルカフェ』は、対話と寄り添いの場です。 普段なかなか話せない病気の不安、生きる意味、これからの生き方等、お茶を飲みながら気兼ねなくお話ししてみませんか。 患者様に限らず、ご家族や医療従事者、どなたでもお気軽にどうぞ。】と謳われている。  【すべての始まりは『人材』である。 行動への意識の根源と原動力をもち、『走るべき行程...