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第92回 「がん哲学・がん哲学外来」の発想の原点 〜「内村鑑三・新渡戸稲造 効果」〜

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  「心の灯台:内村鑑三」を記念し誕生した 、 国立病院機構沼田病院での「内村鑑三記念  メディカル カフェ・ 沼田」に赴いた。「内村鑑三を敬愛する病理学者」と 、 チラシには紹介されている。筆者の夢は、シンポジウム「内村鑑三記念病院   〜 純度の高い専門性と社会的包容力 〜」の開催である。     今春から開設された「東京医療生活協同組合   新渡戸記念中野総合病院 がん哲学外来」での最初の面談を行った。大変有意義な時であった。病理医として新渡戸記念総合病院でのC PC  にも出席した。筆者は、10年以上前から毎月『代表的日本人』(内村鑑三著)と『武士道』(新渡戸稲造   著)の読書会を、交互に行なっている。 2019 年4月1日発行された  新刊 『 種を蒔く人になりなさ い』(いのちのことば社 ) の重版決定との知らせを受けた。 「 内村鑑三・ 新渡戸稲造   効果」 ではなかろうか!   福島県立医科大学付属病院での「吉田富三記念福島がん哲学外来」に赴いた。思えば、2009年から開設され、今年は1 0 周年を迎える。「吉田富三記念福島がんがん哲学外来」1 0 周年記念 市民公開講座が、6月 に 企画されている。がん病理学者「吉田富三」は、筆者の「がん哲学・がん哲学外来」の発想の原点でもある。   埼玉医大大学総合医療センターでの「小江戸 がん哲学外来」に赴いた。   『 2 016年11月より埼玉医科大学総合医療センター   ブレストケア科に「がん哲学外来」を開設しました。がんになった時、再発した時、あるいは病気が悪化した時、さまざまな不安が突然間近に迫ってきます。そして今後どうしたらよいか、どう生きたらよいのか、道が見えなくなってしまいます。そのような時、医療者が十分に向き合って手を差し伸べられることが理想だと考えています。「がん哲学外来」は、"対話"によって生きることの根源的な意味を考え、ご自身の人生を自分らしく生きていただくために行う支援のひとつです。乳がんに限らず、その他のがんや病気で悩む方も受診することが可能です。また、患者本人でなくても相談することが可能です 。』 と  HP には   的確に、真摯に、紹介されている。       

第91回  がん教育、及び、人材育成 〜 日本の医療の抱える課題 〜

 筆者は、 全国がんプロ協議会 のアドバイザーとして、全 国がんプロ協議会 総会に出席した( 東京医科歯科大学 に於いて)。終わりに、アドバイザーとして コメントを語った。  早速、 勇気付けられる   メ ールが届 い た。 「 がん教育、及び、人材育成に関し、拝聴し、感慨深く、印象に残りました。 」、 「 ひさしぶりに樋野節が聞けて良かったです。 」 。  次回は、 大阪国際がんセンターで   12月  「 がんプロ合同フォーラム 」( 大阪大学医学系研究科保健学専攻がんプロ事務局 主催)が、企画されるようである。楽しみである。  日米協会 の事務局の方と面談があり、6月  講演 『~ 寄り添う・「がん哲学外来」 21世紀への懸け橋   ~   』 を依頼された。驚きで ある。『 樋野先生は、長年に渡り   癌治療に携わられると共に 新渡戸稲造や内村鑑三などを研究、医療現場と患者の隙間を埋める心構えを説く「がん哲学外来」を確立され、欧米でも数多くの発表をされています。また今月から「がん哲学外来」を取上げたドキュメンタリー映画「がんと生きる 言葉の処方箋」が劇場公開されています。 本講演では、医療現場や教育、欧米との交流を通じて得られたご経験を踏まえ、医療に於ける日米比較文化論、日本の医療の抱える課題、欧米にも誇るべきアプローチ等をご紹介頂いた上で、後半はQ&Aの時間を設けます。 』  との ことである。  第 173 回 エンドオブライフケア研究会 特別講演「 Quality of Death  〜 がん哲学 エッセンス   〜」(千葉大学医学部附属病院 に於いて)の機会が 与えられた。  { 樋野先生からのメッセージ:『面の忿  { いかり }  をたち、心の瞋  { いかり }  をやめて   人の たがはんを 瞋  { いかる } ことなかれ、人みな各心に執する事あり。我が是は人の非。人の是 は我が非、我もかならず聖にあらず。彼もかならずしも凡にあらず、共にこれ凡夫なり。 是非の理たれか 是れを定めん。』({新渡戸稲造『一日一言』二月五日付} - - 『「 Quality of Death 」 〜  がん哲学エッセンス   〜』の3ヶ条は、「これで良い・こ れでお終い・もう逝き

第90回  令和の時代幕開けのカフェ 〜 「途中下車 カフェ」の実現化 〜

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 淀橋教会での、第59 回 「がん哲学外来 メディカル ・カフェ@ よどばし」に赴いた。初めて来られた方も多数おられ、令和の時代幕開けのカフェとなった。   大久保通りにある教会の「掲示板の言葉の処方箋に慰められた」とのメールも頂いた。   「さりげない広報」の重要性を実感した。   来月6月30日の「がん哲学外来   メディカル・カフェ@よどばし」は、開設5周年記念  &  6 0 回記念スペシャル!とのことである。 乞うご期待である。継続の大切さを   痛感する日々である。  はじめに、恒例の『 365 日の紙飛行機』を参加者の皆様と熱唱した。そして、筆者は、連休中に帰郷した思い出を語った。別室で、個人面談も行った 1)「空き家」の話:「ずっと扉を閉じて、窓をあけないと滅ぶ。毎日、窓を あけた方が良い」。 2)「楕円形の心」の話: 相異なるものが、お互いに存在を認め合う。「メデ ィカル・カフェ」は、性格の異なる人と   一緒にお茶を飲んで1時間過ごす訓練の場である。 3)「寄り添う」: 今年の流行語大賞 ?! 「寄り添う」と「支える」は違う。   日本では曖昧。「寄り添う」は、ちょっと横から手を差し伸べるだけ。   子供でも出来る。「寄り添う」と「支える」の違いが分かると、困っている人に接する時の態度が変わる。「困っている人と   一緒に困ってくれる人」になる。 4)「タイミングを知る」:   自分の好みで行動すると、タイミングを失う。「時 間を犠牲にする」、「歩くのをやめて、顔を見て相談にのる。 同じように相談して、同じように応えてくれたとしても、受け止め方が違う。」 5)「途中下車カフェ」:新幹線駅の中のカフェ。   例えば、甲府に行く時に 「八王子駅   途中下車 カフェ」の実現化。 「いぬの   おまわりさんのような   心を与えてください。何か大きな事を為そうとするよりも、寄り添える人になりたいです。 」 。「いぬの   おまわりさん」を歌い59回 目の 「がん哲学外来 メディカル ・カフェ@ よどばし」を終了した。

第89回 直面する課題 〜 『もしかすると この時のためかもしれない。』 〜

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  筆者は、顧問を務める「2 1 世紀のエステル会」主催の「メディカルカフェ   ひばりが丘   ◆開設 3 周年記念講演会◆  」 (ひばりが丘教会 に於いて;添付)に赴いた。筆者は、第1部で、講演『種を蒔く人になりなさい』の機会が与えられた。第2部は「 talk live :がん患者・家族・友人の立場の経験から」のパネルディスカッションであった。涙無くして語れない!   大いなる学びとなる   大変充実した時であった。   スタッフの心温まるおもてなしには、感動した。「2 1 世紀のエステル会」は、 代表 : 金田 佐久子 (川口がん哲学カフェいずみ   代表) 、 ​広報部長 : 田鎖 夕衣子(がん哲学外来メディカルカフェひばりが丘   代表) 、 ​企画部長 : 太田 和歌子(がん哲学外来白鷺メディカルカフェ   代表) の3人で発足された。   <21世紀のエステル会   発足趣旨> には、   「 メディカルカフェを開設した3名が、実際にカフェの運営を担う中で   生まれる疑問や気づきを共有し、相互交流をしようと集まりました。それぞれのメディカルカフェの活動の実践から学びあい、直面する課題を   分かち合うことによって、これからのメディカルカフェの在り方を共に考えたいと願っています。 」&「 ​ 私たちは   いつか病気になり、老いを迎え、やがて死に向き合う時が来ます。それを絶望の時と呼ぶ人は多いでしょう。けれども、人は病気(がん)になっても、「病人」になるのではありません。   健康な時には気づかない   大事な使命があるのです。人は必ず人生から期待されていることがあるはず。   『 もしかすると   この時のためかもしれない。 』 (エステル記4章14節) ​ 」と、紹介されている。今年の9 月1 6 日の敬老の日には、「2 1 世紀のエステル会」シンポジウムが、企画されている。 乞うご期待である。