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第316回 『納得して覚悟を決める』 〜『首尾一貫する大切さ』〜

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 2023年4月25日の第102回『がん哲学外来メディカル・カフェ@よどばし』で、筆者が2015年の第9回 & 第11回で語った【『明治時代の元帥海軍大将だった東郷平八郎(1848-1934)は晩年疼痛に苦しみますが、医師から『痛いものです』と言われた時から痛みを口に出すこと止めたそうです。 つまり、そういうものだと 納得して覚悟を決めたのですね。 覚悟をつくることが いかに大切かを示したエピソードです。』】の『痛いものですと言った医師は 誰であるのか?』と『言われた時の東郷平八郎の反応』が大いに話題になった。  4月26日 筆者は、順天堂大学保健医療学部 診療放射線学科の2年生の『病理学概論』(13:10~14:40)と、『がん医療科学』(14:50~16:20)の講義を担当した。 保健医療学部事務室から【資料(『がん哲学外来さいわいカフェin茨城・筑西代表』の海老澤規子氏から送られて来た)を事務室にて印刷いたしましたので、講義の際に教室に掲示いたします。】との心温まる配慮には大いに感激した。  講義『病理学概論』では、教科書『カラーで学べる病理学』を用いて、第1章『病理学の領域』の【「病理学の概要」、「疾病の概要:疾病の誘引と回復力、個人差と個人の反応:生活習慣病」、「人体病理学と実験病理学」、「病理学と臨床医学:診断病理学(病理診断、細胞診断)、「病理解剖」】、『コラム:ポストゲノム医学とプレシジョン・メディシン』、さらに 第2章『細胞・組織とその障害』の【「細胞の構造と機能」】を音読しながら進めた。【がん医療科学】では、筆者の『がん細胞から、学んだ生き方 〜 「ほっとけ 気にするな」のがん哲学』の第1章の【医療者としての原点:「矢内原忠雄(1893-1961)」、「吉田富三(1903-1973)」、「首尾一貫する大切さ」、「新渡戸稲造(1862-1933)の『桃太郎』」、「人生は開いた扇」、「ノーベル賞受賞者数のノルマ」、「タブーになった尊敬する人物」、「国際人と肝臓の特徴」、『真の国際人と「温故創新」』、「そういう知識の程度」、「そういう教養の程度」、「行き詰まる日本と世界の打開策」、「大学の外に学びの場を」、「対話とカウンセリングの違い」】を音読しながら進めた。 まさに、【教育の心得:『納得して覚悟を決める』&『首尾一貫する大切さ』】を痛

第315回 『自由にして勇気ある行動』〜 『スケールの大きい、愛情豊かな人物』 〜

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 2023年4月21日 東洋経済新報社から、新刊『もしも突然、がんを告知されたとしたら。』の発売の連絡を頂いた。多数の方に、読んで頂ければ、望外の喜びである。   4月21日には第31回日本医学会総会に出席した(東京国際フォーラムに於いて)。 日本医学会会長 門田守人先生が講演で、1947年の東京大学入学式の南原繁(1889-1974)総長の式辞をスライドで提示された。 大いに感動した。 その後、筆者が第3代目代表を務める南原繁研究会の総会(学士会館に於いて)に向かった。 筆者は、2004年にスタートした南原繁研究会 【初代代表、鴨下重彦 先生(1934年-2011年、東京大学名誉教授、国立国際医療センター名誉総長)、第2代代表、加藤 節 先生(成蹊大学名誉教授)】の3代目の代表を、2019年 南原繁生誕130周年を祝し、仰せつかった。 今回の研究会では、鈴木規夫先生が、自由発表『尾崎秀実における〈民族〉の位相 ─ 東アジア知識人のジレンマ─」』をされた。 日々勉強である。 筆者は、7月の自由研究『新渡戸稲造(1862-1933)』を依頼された。 帰宅の電車の中では、後藤康夫氏と『内村鑑三(1861-1930)、新渡戸稲造、南原繁、矢内原忠雄(1893-1961)』の話で大いに盛り上がった! 大変有意義な会話の時であった。   若き日、筆者に強い印象を与えた言葉は『ボーイズ・ビー・アンビシャス』(Boys, be ambitious) である。 札幌農学校を率いたウィリアム・クラーク(1826-1886)が、その地を去るに臨んで、馬上から学生に向かって叫んだと伝えられている言葉である。 クラーク精神を内村鑑三、新渡戸稲造、南原繁、矢内原忠雄から静かに学んできたものである。 南原繁は戦後最初の東大総長で『明治以降、新渡戸稲造先生に勝る教養と広さの人はいない』&『教育というのは、全てものを忘れた後に残る』と語っている。 筆者の恩師は南原繁が東大総長のときの医学部の学生で、『スケールの大きい、愛情豊かな人物だった』と、南原繁の話をよく聞いたものである。『時代を動かすリーダーの清々しい胆力』としての『人間の知恵と洞察とともに、自由にして勇気ある行動』の持ち主であった南原繁が思い出される今日この頃である。『はしるべき行程』と『見据える勇気』は、『社会貢献の羅針盤』では

第314回 『差異vs不平等』 〜 『区別 vs 差別』 〜

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 2023年4月15日『がんサポートナース』(代表 片岡幸子氏)でのZoom講演会に参上した。 質問も多数あり、大変有意義な時であった。 片岡氏と沼澤信明氏とは、『日本地域医療連携システム学会』について話が盛り上がった。 丁度、昨年(2022年)の大阪府豊中市での第5回『日本地域医療連携システム学会』の記念誌が送られてきた。  今年(2023年)の第6回『日本地域医療連携システム学会』は、12月2日東京都中野区で開催される。 来年(2024年)の第7回『日本地域医療連携システム学会』は、三重県で、片岡幸子氏/沼澤 信明氏の主催で開催されることが決定された。 良きタイミングとなった。  2023年4月16日は、Christian Academy in Japan (CAJ)で、2008年から毎月行なっている『東久留米がん哲学外来 in メディカルカフェ』に赴いた。個人面談の機会も与えられ、貴重な時となった。 その後は、2007年からスタートした読書会で、東久留米駅の『East Side カフェ』に移動した。 今回の読書会の箇所は『武士道』の第14章『婦人の教育および地位』で、野澤登美子氏と木戸良江氏が、音読を担当された。 筆者は、2007年から新渡戸稲造(1862-1933)の『武士道』と内村鑑三(1861-1930)の『代表的日本人』読書会を継続的に進めている。   今回は【『彼女の存在が役立てば夫と共に舞台の上に立ち、もし夫の働きの邪魔になれば彼女は幕の後に退く。』、『自己の個性をさえ犠牲にして己れよりも高き目的に仕える』】が、特に印象に残った。 また『差異と不平等との区別』の学びの時となった。『差異=区別vs不平等=差別』である。 【新渡戸稲造の精神から何を学ぶのか? & 新渡戸稲造から教えられた『言葉の処方箋』は?】。 筆者は2008年に順天堂大学医学部附属順天堂医院で『がん哲学外来』を開設し、がんにまつわるさまざまな悩みの解消に、つとめてきた。 5000人以上の患者さんやそのご家族と面談し、がん患者さんの声に耳を傾け、苦しみを和らげるのが目的の為である。 それは筆者が、がんの研究をする『病理学者』である以上に、新渡戸稲造の言葉に深い共感を覚えたからである。 面談者に出す『言葉の処方箋』は、新渡戸稲造を筆頭に筆者が尊敬する人物から学んだ『人生哲学のエッ

第313回 人の心と歴史を見抜く人格の力 〜 教育の真髄 〜

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 2023年4月11日、筆者は、新渡戸稲造(1862-1933)が初代学長を務めた東京女子大学の臨時評議員会、臨時理事会のZoom会議に出席した。2023年4月11日は、ICU 国際基督教大学の常務理事 富岡徹郎氏 と 筆者は恵泉女学園理事長として、立教大学総長 & キリスト教学校教育同盟理事長 西原廉太先生との面談で、立教大学(豊島区西池袋)伺った。 西原廉太先生の家系は、新渡戸稲造との繋がりもあるとのことで、新渡戸稲造の話で大いに盛り上がった。   今年(2023年)出版20周年となる著書『われ21世紀の新渡戸とならん』(イーグレープ刊2003年発行)の新訂版(2018年)と 英語版(2018年)をプレゼントさせて頂いた。 来年(2024年)は、立教設立150周年とのことである。 記念講演会『新渡戸稲造の学び 〜 真の国際人 〜』が 全国のキリスト教学校:立教大学、東京女子大学、恵泉女学園etc共催で 企画されると歴史的大事業となろう。 大変有意義な充実した貴重な時となった。 帰りに、立教学院展示館を見学した。 昼休み 多数の学生(学内は生徒数5000人 x 4学年=20000人とのこと)が キャンパスを歩いている姿には、圧倒された。  その後、筆者は、順天堂大学保健医療学部理学療法学科の2年生の『病理学概論』の授業に思いた。 【『生物学の病理学』と『人間学の病理学』=『楕円形の心』】を語った。 そのモデルとして新渡戸稲造と南原繁(1899-1974)にも触れた。【優れた能力を持った人物が、自分のためでなく 人のために尽くした。 = 人の心と歴史を見抜く人格の力】。 122名全員が出席し、誰も眠らずに、真摯に授業を講聴する学生の姿には大いに感動した。 『種を蒔く人になりなさいの教育の意義』を実感した。  7:00pmからは、『南原繁研究会第3代目代表』として筆者は、南原繁研究会幹事会(Zoom)に参加した。 『南原繁研究会』は『南原繁没30周年記念』として2004年に立ち上げられた。 新渡戸稲造、南原繁の『人格』を思い出し、『いかに生きるべきかの基軸を求める時代の到来』を予感する。 『我々は、歴史に学ばなければならない = 教育の真髄である】を痛感する日々である。

第312回 『器量』&『度量』〜『深くて簡明、重くて軽妙、情熱的で冷静』〜

 2023年4月7日 病理組織診断業務を行った。 帰宅したら【『樋野先生 ご無沙汰しております。 『日本肝臓論』に限らず、指針を見失いかけている今の日本に先生の『がん哲学』の論考が求められているように思います。』との心温まるメールが出版社の方から届いていた。 大いに感激した。  『21世紀の徒然草』の2008年の文章【第77回『がん哲学外来の話』(小学館9月3日発行)― 深くて簡明、重くて軽妙、情熱的で冷静 ―】が、今回、鮮明に蘇って来た。  【新渡戸稲造の生誕日9月1日(1862年)を記念して、今春の第2回『30年後の医療の姿を考える会』シンポジウムを記録した、『メディカルタウンの地方(ぢがた)学』(30年後の医療の姿を考える会編、to be出版)が刊行された。 前回『メディカルタウンの青写真を語る』に続いて、今回も東尾愛子さんの献身的な編集作業のおかげで、ユニークなカバーに装った本になった。―― 6日は、NHKの『文化講演会』で『がん哲学と新渡戸稲造 ― 日本肝臓論 ―』というテーマで講演の機会を与えられた。 折しも「福田首相辞任」の話題もあり、副題の『日本肝臓論』も『日本国のあり方』を考える時、現実味を帯びてきた(『われ21世紀の新渡戸とならん』イーグレープ刊2003年)】 と15年前に記述されている。  多数のコメントを頂いたものである。【『がん哲学外来の話』、拝読しました。『深くて簡明、重くて軽妙、情熱的で冷静』勉強になりました。 考えるヒントにさせていただきます】の激励には大いに感動した。 思えば、日本学術会議の機関誌『学術の動向』(2001年1月号)に『癌哲学への道 ― 時と方法 -』(67-70ページ)を書いて、『癌哲学』を活字にしたのだが、現在、読みなおして見ても、内容的に何ら追加、修正は要しない。 勝海舟の『器量』 ― 目覚めよ! ― & 清水次郎長の『度量』 ― あるべき姿いでよ! & 新渡戸稲造の『国際性』 ― 具眼の士いでよ―。 とあるが、むしろ、ますますその必要性が出てきていると言えよう。 思えば、『30年後のーーを考える会』の言葉を提示したのは、16年前の2007年であろうか! 今年(2023年)は『われ21世紀の新渡戸とならん』20周年記念である!

第311回 『新渡戸哲学』〜 熱きメッセージ & 具体的助言 & あたたかな目線 〜

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 新渡戸稲造(1862-1933)著『逆境を超えてゆく者へ 〜 爪先立ちで明日を考える 〜』(2011年 実業之日本社編)を久しぶりに再読した。【100年を経ていま甦る、歴史的名著 ―『修養』『自警』抄 苦しみのうちに前を向いて進んでゆこうとする、 すべての人への熱きメッセージと具体的助言。 今こそ、すべての日本人が立ち返りたい『新渡戸哲学』の真髄。】とある。  また、【本書は、新渡戸稲造博士の名著『修養』、『自警』から、『苦難の時をいかに生きるか』をテーマとして項目を精選、現代仮名遣いを用いた平易な日本語にして、注や見出しを加えて再編集、新たに編んだものです。 明治・大正の人々に大きな感化を与えた新渡戸博士の教えは、今もまったく色あせることはありません。 いかに生きていくべきか、いかに困難を乗り越えていくか、そのためには日々、どんな心得を持ち、修養すればいいのかを、新渡戸博士は、すべての世代に向けて あたたかな目線で説いています。私たちが、人生の逆境をどのように乗り越えるか、今こそ、深い示唆を与えてくれる1冊です。】と紹介されている。 目次は下記の如くである。。 第一章 逆境を越えてゆく者へ(『修養』第十章より) 第二章 人生の危機は順境で起こる(『修養』第十一章より) 第三章 決心を継続していくということ(『修養』第四章より) 第四章 四つの力を貯蓄する(『修養』第八章より) 第五章 臆病を克服する工夫(『自警』第五章より) 第六章 人生の決勝点(『自警』第十一章より)  新渡戸稲造は雑誌『実業之日本』の編集顧問(1908〜1911)をしている。 その後、『修養』(1911年発行)、『自警』(1916年発行)を出している。 筆者は1982年に『自警録 〜 心のもちかた 〜』(講談社学術文庫)を、『修養』(タチバナ教養文庫)は2003年に熟読したのが鮮明に想い出された。 筆者は2016年に『実業之日本社』から『「今日」という日の花を摘む』を発行の機会が与えられた。 『不思議な時の流れ』を実感する日々である。