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第335回 愛に溢れた雰囲気 〜 安心できる居場所 〜

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 2023年7月30日午後は東久留米市での『がん哲学外来・カフェ』(CAJに於いて)と『読書会』(East Side カフェに於いて)に赴いた。 『がん哲学外来』では、3組の個人面談の機会が与えられた。 2008年に開催された『東久留米がん哲学外来』の15周年記念講演会【『言葉の処方箋のエッセンス』 ~ 安心できる居場所 ~】が、今秋企画されるようである。    愛情豊かなスタッフの皆様には、ただただ感謝である。【人間は自分では『希望のない状況』であると思ったとしても、『人生の方からは期待されている存在』であると実感する深い学びの時が与えられている。 現代は、『表面的なhappy』vs『内から湧き出るjoy』の違いの考察の時ではなかろうか!】の実習の場でもある。 『「東久留米がん哲学外来」の理念』 自分の力が人の役に立つと思う時は進んでやれ 『「東久留米がん哲学外来」の絶対性大原理』 愛がなければ全ては無意味 『「東久留米がん哲学外来」の真髄』 愛に溢れた雰囲気 『「東久留米がん哲学外来」の心得』 仮面を外し、心の垣根をとる  読書会は2007年からスタートした。 日本の文化・思想を西欧社会に紹介した内村鑑三(1861-1930)の『代表的日本人』(1894年)と新渡戸稲造(1862-1933)の『武士道』(1900年)を毎月交互に音読しながら進めている。 今回は、内村鑑三著『代表的日本人』の箇所【二宮尊徳(1787-1856)の5章「公共事業一般」】であった。【『伝播の単純の法則』&『当面のひとつの仕事に全力をつくすがよい。 それがいずれ、全国を救うのに役立ちうるからである』】が、今回強く印象に残った。 出席者の真摯な姿勢には大いに感動した。 次回は、新渡戸稲造の【『武士道』第16章『武士道はなお生くるか』】である。 既に5巡目であろうか! 『継続の大切さを実感する』日々である。

第334回 『真の国際人』 〜 すがすがしい思いになれるような 話ができる人物 〜

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 2023年7月24日の朝日新聞の朝刊の1面に『減る女子大 問われる役割』、2面に『女子大活路を探る』に大きな記事が掲載されていて 筆者のコメント『卒業後に働き続ける女性が増え、一般職から総合職へという流れがある。 先輩のつながりや学部選択の広さなどの観点から、就職とその後のキャリアにも有利と考え、共学を選ぶ女性が増えた面はある』も、記載されていたとのことである。  7月26日、千葉県の柏地域医療連携センターでの『がん哲学外来』に赴いた。【がんの悩みを病院の外で心おきなく話したい『がん哲学外来』は、がん患者、経験者、ご家族のための対話の場です。 樋野興夫先生と ゆっくり語り合ってみませんか?】と謳われていた。 3組の面談の機会が与えられた。   終了後 スタッフの皆様と、昼食の時を持った。【岡倉天心(1863-1913)と横山大観(1868-1958)が ニューヨークのブロードウェイを歩いている時のエビソード:ボストン美術館から招聘を受け渡米した際、街中で若いアメリカ人が『お前たちは何ニーズだ? チャイニーズ? ジャパニーズ? ジャワニーズ?』とアジア人に対する非礼な声掛けをしてきた。 それに対して岡倉天心は、流暢な英語で『我々は日本の紳士だ。 お前たちこそ何キーか? ヤンキー? ドンキー? モンキーか?』と切り返した。 一緒にいた横山大観は、すがすがしい思いになった。『誰かが何かを言った時、どう答えるか。 そこに一緒にいた人間が すがすがしい思いになれるような 話ができる人間になれ』】の話で大いに盛り上がった。  筆者は、若き日から、英語で書かれ、日本の文化・思想を西欧社会に紹介した内村鑑三 (1861-1930)の『代表的日本人』(1894年)、新渡戸稲造 (1862-1933)の『武士道』(1900年)、岡倉天心の『茶の本』(1906年)を 繰り返し熟読したものである。 英語で、日本(人)を深く、広く、丁寧に 海外に紹介出来た人物は、この3人ではなかろうか!  この3人は『英語力と教養』を備えた 明治以降の 日本が誇れる人物である。『真の国際人のモデル: 内村鑑三・新渡戸稲造・岡倉天心』を痛感する今日この頃である。

第333回 前途を見る 〜 冗談を本気でする 〜

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 2023年7月20日の早朝、島倉千代子の『人生いろいろ』を聞いた。 大変心に沁みた。 その後、筆者の近隣に お住まいのICU(国際基督教大学;東京都三鷹市)の常務理事 富岡徹郎氏の車に同乗させて頂き、ICUの隣のルーテル学院大学(東京都三鷹市)に向かった。 午前中の講義『総合人間学序論』 (10:40〜12:20)では テキスト『がん細胞から、学んだ生き方 〜 「ほっとけ 気にするな」のがん哲学』(へるす出版)の第2章の『病理医は「人生は虚しい」と考える』、『あなたはどこにいるのか』、『曖昧なことは曖昧に答える』、『プロの為さざること』、『日本は肝臓を目指す』、『脇を甘くする懐の深さ』、『吉田富三生誕100周年記念で学んだこと』の箇所を音読しながら進めた。 多数の質問があり充実した時であった。 『疾風(しつぷう)に勁草(けいそう)を知る』の故事。 また、今年が生誕200周年の勝海舟(1823-1899)の『世人は、首を回すことは知っている。 回して周囲に何があるのか、時勢はどうか見分けることはできる。 だが、もう少し首を上にのばし、前途を見ることを覚えないといけない』の復学の時となった。  その後、ルーテル学院大学の食堂で昼食をした。 その時、ルーテル学院大学学長:石居基夫先生から『スピリチュアルペインとそのケア』(石居基夫編集、キリスト新聞社 発行、2015年)の本を頂いた。 大いに感激した。 早速、熟読したいものである。 本当に日々勉強である。 午後の『現代生命科学I』(13:20〜15:00、15:10〜16:50)の講義『病理学』では、教科書『カラーで学べる病理学』を用い、『新生児の病理』、『先天異常』、『腫瘍』を音読しながら進めた。 学生の真摯な姿には、大いに感動した。   カナダのUBC大学卒業後、最近、自分で会社を立ち上げ代表取締役の息子と彼女が、ルーテル学院大学に車で向かいに来てくれた。 wifeがアメリカの娘達を訪問中で不在であるので、自宅で『すき焼き』を作ってくれて夕食を共にした。 大変、心温まる ひと時となった。 次回は, Wifeが帰国してから『カラオケ大会』と 『製本が出来ればとの冗談を本気でする』の話で大いに盛り上がった。

第332回 『出雲の旅』 〜 人生の原点の振り返り 〜

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 2023年7月11日 息子達と帰郷(島根県出雲市大社町鵜峠)した。 坂の上にある筆者の父母の墓地を訪れた。 それから坂を降りて日本海の港を散策した。 筆者にとって、鵜峠(うど)は人生の原点である。 鵜峠は現在約40名の人口で、60%は空き家で無医村である。 筆者は、幼年期、熱を出しては母に背負われて、暗いトンネルの中を通って、隣の村(鷺浦)の診療所に行った体験が、今でも脳裏に焼き付いている。 筆者は、人生3歳にして医者になろうと思ったようである。 今回は、部屋に飾られている 今は亡き母と父の写真をみつめて人生の原点を振り返った。  今は、廃校になった鵜鷺(うさぎ)小学校の卒業式での鵜峠からの来賓の挨拶『少年よ、大志を抱け』【1887年札幌農学校のウィリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark、1826 - 1886)の言葉】を、今でも強烈に覚えている。 筆者の人生の起点であると言っても過言でなかろう。 その後、札幌農学校の2期生でクラーク精神を引き継ぐ『内村鑑三(1861-1930)・新渡戸稲造(1862-1933)』が、筆者の人生の機軸として導かれ、『南原繁(1889-1974)・矢内原忠雄(1893-1961)』との間接的な出会いも与えられた。 英文で書かれた『武士道』(新渡戸稲造)と『代表的日本人』(内村鑑三)は、若き日からの座右の書となった。思えば筆者の人生は、小さな村での少年時代の原風景、学生時代の読書遍歴{内村鑑三・新渡戸稲造・南原繁・矢内原忠雄}であった。  7月12日は、島根大学医学部(出雲市)の医学科看護学科1年生の授業【医療倫理プロフェッショナリズム:『がん哲学 ~ コロナ時代の哲学 ~』】に赴いた。 『がん哲学 = 生物学(吉田富三) + 人間学(内村鑑三・新渡戸稲造・南原繁・矢内原忠雄 ) 』 であ ると学生に語った。  南原繁が東大総長時代の法学部と医学部 の学生であった二人 の恩師から、南原繁・吉田富三の風貌、人となり をうかがったものである。 50年前の教育が今に生きる。 これが教育の原点であろう。 大学生の教育の重要性を痛感する日々である。 また、学生から寄せられた心温まるコメントには、大いに感激した。 そして、息子の運転で、出雲空港に向かい帰京した。 今回は、大変充実した貴重な『出雲の旅』となった。

第331回 『新渡戸稲造の歌』 〜 冗談を実現する胆力 〜

 2023年7月8日は、早稲田キャンパス29号館301教室で『がんと生きる哲学』7回連続講座(10:40~12:10)の初回であった(07/08 07/15 07/22 08/05 08/26 09/02 09/09)。 講座後は、【第49回岡倉天心記念がん哲学外来巣鴨カフェ『桜』4周年記念講演 & カフェ】(巣鴨ときわ教会に於いて)に向かった。  終了後、スタッフの皆様と夕食の時を持った。 今年は、新渡戸稲造(1862-1933)没90周年記念として『新渡戸稲造の歌を作ろう』と大いに話が盛り上がった。 筆者は、作詞を担当することになった。【『自由にして勇気ある行動』 & 『あらゆる行動に普遍性の烙印を押す』 & 『時代を動かすリーダーの清々しい胆力』& 『人間の知恵と洞察とともに、自由にして勇気ある行動』 & 『Union is Power (協調・協力こそが力なり)』】がテーマとなろう。 『新渡戸稲造の歌』の心得10ヶ条 1) ほっとけ、気にするな!  2)『あれも、これも』でなく、『これしかない』 3) 謙遜と大胆 4)幅の広さ 5)弾力性に富む 6) 役割意識 & 使命感 7) 練られた品性 & 綽綽たる余裕 8) 賢明な寛容さ 9) 冗談を実現する胆力 10) ユーモアに溢れ、心優しく、俯瞰的な大局観のある人物 【『最も剛毅なる者は 最も柔和なる者であり、愛ある者は 勇敢なるものである』とは普遍的に真理である】。ごく簡単に言えば、『弱いものいじめをするな』ということであり、『なすべきことをなそうとする愛』ということであろう。『いかに生きるべきかの基軸』を求める時代の到来を予感する。 今回は、大変有意義な充実した巣鴨での【講演 & カフェ】の時となった。

第330回 『40年間の旅』 〜 全行程を 覚える 〜

 2023年7月3日、『40年の歳月をかけよう』が大きな話題になった。 『―― この四十年の間、荒野で あなたを歩まされた全行程を 覚えていなければならない。 それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたが その命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを 知るためであった。 ――、それは、人はパンだけで生きるのではない、――、ということを、あなたに わからせるためであった。 この40年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。』(申命記8章2〜4節)の復学の時となった。 筆者は、『2023年- 40年 = 1983年からの40年間の旅』を、振り返った。 【1983年 癌研究所病理部 研修研究員/ 1984年〜1991年 癌研究所病理部研究員/ 1984年〜1985年 米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター/ 1989年〜1991年 米国フォクスチェース癌センター/ 1991年〜2004年 癌研究所実験病理部部長/ 2003年〜2019年 順天堂大学医学部第二病理(現:病理・腫瘍学)教授/ 2019年〜現在 順天堂大学名誉教授(順天堂大学医学部病理・腫瘍学 客員教授)/ 2019年〜現在 新渡戸稲造記念センター 長/ 2021年〜現在 恵泉女学園理事長】  現在、順天堂大学保健医療学部客員教授も仰せつかり、今日(7月4日)は、保健医療学部理学療法学科の【病理学概論】の授業に赴く。  想えば、『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年)、そして、『がん哲学』(2004年)と展開され、さらに、連載『21世紀の徒然草』(2006〜2008年; 99回連載)が『がん哲学外来 〜 メディカルタウンを追いもとめて 〜』の発行(2008年)となった。 新聞の連載記事は、『われ origin of fire たらん』(2005年)となった。『がん哲学ノート』(150回連載)は、『ノート』にしたため、『街道』に出た。 それが、講演『一人一人に与えられた人生の役割と使命を考えよう!』をする機会が与えられた。 また、『がん哲学学校』→『楕円形の心』(最新330回目)を長年継続してきたものである。 今回、『40年間の旅』が鮮明に蘇った。 まさに、ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe、1749 - 1832)の『Ohne Hast, o

第329回 Hope(希望)& Assistance(協力) & Support(支援)の頭文字 〜 3人称(has) 〜

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 2023年6月30日 ブログ『楕円形の心』を編集担当されているK氏と東久留米ジョナサンで、夕食の時を持った。 筆者は、ブログ『楕円形の心』を毎週1回執筆している。 想えば、K氏の計らいで、筆者は『21世紀の徒然草』→『がん哲学ノート』→『楕円形の心』を長年 継続してきたものである。   連載『楕円形の心』(最新329回)は、はや、7年に達した。 この度、連載『楕円形の心』の中から約100回分を抜粋し、今夏に、タイトル『教養を深め、時代を読む 〜 楕円形の心 〜』(to be 出版)を出版される運びとなった。 高校生の娘様の素晴らしい表紙の絵には、ただただ、感服した。  毎週1回、文書を書く習慣は、どれほど大切であるのかを痛感する日々である。『講演会などの電車の旅 & 飛行機の旅』で、外の景色を眺めながら、文章を構想する習慣を身につけることになった。まさに【『森を診て木の皮まで診る』&『自分の住処を空の上から診る視点』&『マクロからミクロまで診る』】俯瞰的な丁寧な観察をする訓練の実践である。 病理学者である筆者の心得でもある。  『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年発行:イーグレープ/発売:いのちのことば社)は、筆者が広報誌『Scientia』に連載していた文章をまとめたものである。 2003年 出版記念講演会は、筆者の順天堂大学教授就任も兼ねてであった! 2018年には新訂版『われ21世紀の新渡戸とならん』が発行された。 新訂版の【序文】には、【― 学生時代の読書遍歴:内村鑑三(1861-1930)・新渡戸稲造(1862-1933)・南原繁(1889-1974)・矢内原忠雄(1893-1961)、癌研での『病理学:吉田富三(1903-1973)・菅野晴夫(1925-2016)との出会い)、アメリカでの恩師『遺伝性がんの父:Knudson』(1922-2016)の『学者の風貌』との出会いが、根幹にある。―】と記述している。 2019年英訳『I want to be the 21st Century Inazo Nitobe』(発行:日本橋/発売:星雲社)も出版された。  Hope(希望)、Assistance(協力)、Support(支援)の頭文字=haveの3人称(has)=『持っている、身につけている、与えられている』の学びの日々である。