投稿

2月, 2023の投稿を表示しています

第302回 『種を蒔く』〜『行動 と ぶれぬ大局観』〜

イメージ
 2023年2月25日、2012年にスタートした『お茶の水メディカル・カフェ in OCC』に赴いた。【『個性と多様性』~賢明な寛容さ〜】の学びの日々である。 今回、静岡県磐田市の医師も参加されていた。 早速、【本当に素晴らしい時間をありがとうございました。 昨年11月に町の書店で『教会でも、がん哲学外来カフェを始めよう』(添付)を手にとり、私もこのようなことがしたい、樋野先生にお会いしたい、カフェを体感したいその想いが募り、今日の日を心待ちにしていました。 参加される方がどのように解消されるのか、スタッフの方がどのようにお働きになるのかを勉強させていただきたいと参加させていただいたのですが、もう、私自身が『解消』を体験させていただきました。 先生のお言葉と風貌、スタッフや参加者みなさまの偉大なお節介の力を、身をもって知り、この感動が細胞に刻まれたように感じています。 そして強固な器となる覚悟をいただきました。 会の後、2階の書店で『種を蒔く人になりなさい』(添付)、『こころにみことばの処方箋』(添付)を購入させていただきました。 その時、葡萄のモチーフのネックレスが目に止まり、今日の気持ちを忘れないようにしたいと、一緒に購入しました。 それはプレナイトという天然石でできたものでした。 調べてみると、プレナイトは意思や信念を突き通す芯の強さをもたらす、と書かれていて、まさに『行動とぶれぬ大局観』だなぁと驚きました。―― 病院ホスピスや緩和ケアとも話をして、樋野先生をお迎えしての開所式を目標に、歩みを進めていきます! 樋野先生、本当に素晴らしい1日をありがとうございました。 お伺いできて、たくさんのお言葉をいただき、感謝でもう本当に胸がいっぱいです。】との心温まる励ましのメールが届いた。 大いに感動した。 大変有意義な充実した『お茶の水メディカル・カフェ in OCC』の時であった。  また、筆者は、『行動する人間』&『ぶれぬ大局観』のモデルとして【内村鑑三(1861-1930) & 新渡戸稲造(1862-1933)】をさりげなく語った。 今日(2月26日)は東久留米カフェと読書会である。 2007年から始めている【読書会 内村鑑三著『代表的日本人』、新渡戸稲造著『武士道』)】。今回は、『武士道』第13章で音読担当は、『OCC』にもスタッフとして出席さ

第301 回 『専門分野を極め本質を取れ』 〜 『活動を継続』 〜

イメージ
 2023年2月21日 『宮川庚子記念研究財団』(東京都港区)の評議員会に赴いた。 【肝炎ウイルスに起因する肝炎・肝癌の研究の企画推進を図る事を通じて、国内外の学術団体との交流を図り、肝炎・肝癌研究者への助成、肝炎・肝癌の診断、予防及び治療に関する知識の普及等を実施して、肝炎・肝癌の撲滅を企図する。 宮川庚子記念研究財団は、1993年93歳で御逝去なされた宮川庚子医師を記念する研究財団です。 宮川庚子医師は女性として日本で最初に医学博士の学位を授与されております。 宮川庚子医師は長年にわたり東京都港区南青山で耳鼻科医院を開業し、その生涯は『言い訳するな、甘えるな、こて先せずに、本質を取れ』を信条とする厳しい生き方でした。 ご子息の宮川侑三内科医師の長年の肝臓病学との関わりから、1995年11月20日に当財団が設立されました。 設立当時の日本の肝臓病の現状は、B型肝炎に対する母子感染防止事業(1986年以降)の推進によりB型肝炎ウイルスキャリア数は激減し、一方、C型肝炎については輸血血液のC型肝炎ウイルス(1988年発見プレスリリース)スクリーニング法の進歩と医療環境の改善に伴い新しい感染者はほとんど認められなくなりました。 しかしながら過去においてB型あるいはC型肝炎ウイルスキャリアになった人は合計350万人以上でこれらの人は肝硬変、肝細胞癌に向かって進行しており日本人にとって重大な健康被害が未解決の問題として残っていました。 当財団は肝炎・肝細胞癌の制圧を主な事業目標として、同分野の研究の推進・助成、研修会・講演会の開催、医学功労者の顕彰などの事業を開始し、-- 活動を継続してきました。】 と謳われている。  今年(2023年)は、世界で始めて『肝がん』を発生させた(1932年)『吉田富三(1903-1973)』の『没後50周年、生誕120周年記念』である。【吉田富三博士は病理学という専門分野を極め、さらにまた、医療制度や国語政策にも取り組み、重要な提言を行っている。 吉田富三博士は、『人体の中で起こっていることは、社会と連動している』といい『がん細胞に起こることは必ず人間社会にも起こる』といっている。 ここに、『がん哲学』の源流がある】と筆者の文章が掲載されている記念誌が2023年2月20日【吉田富三記念館】(福島県)から送られて来た。 不思議な繋がりを痛感す

第300 回 『多様性のある居場所』 〜 『人生から期待されている存在』 〜

イメージ
 今回は『楕円形の心』300回記念である。 2023年2月17日『OCCニュースレター創刊号』が、編集長:山﨑智子先生(看護教師)から送られてきた。『この度OCCメディカル・カフェのニュースレターを創刊いたしました。 第1回目は樋野先生の創刊のお言葉と、古参スタッフの編集長:山﨑智子が担当させていただきます。』と謳われている。 大いに感動した。 【OCCメディカル・カフェは東日本大震災の年の暮れに創設準備が始まり、2012年5月にOCC副理事長の榊原先生を責任者として始動しました。―― コロナ禍に責任者の榊原先生が天に召され途方に暮れていた中、2021年の夏に樋野先生からの命を受け、OCC新副理事長の大嶋先生のもと、―― 参加者の皆様もスタッフも対面でのカフェの重要性を強く認識し、懐かしい再会、新しい出会に感謝が溢れました。―― 樋野先生のつかみどころのない講和について例えてくださった『スルメ症候群数え歌』、どれも皆様のそれぞれの体験に重ねて聴き入っておられたと思います。―― 樋野先生という唯一無二の存在の真似はできないと自覚してからは、“暇気な風貌だけは忘れずに”と心掛けてきました。『賢明な寛容と配慮』の4ヶ条(添付)と『多様性のある居場所の教訓』の5ヶ条(添付)を常に心に留めて、一生かけて品性の完成を目指し、スタッフをやり遂げたいと思います。】との心温まる励みとなるメセージを頂いた。 涙無くして語れない。  【人間は、自分では『希望のない状況』であると思ったとしても、『人生の方からは期待されている存在』であると実感する深い学びの時が与えられている。 その時、その人らしいものが発動してくるであろう。『練られた品性と綽々たる余裕』は『教育の真髄』である。『ビジョン』は人知・思いを超えて進展することを痛感する日々である。『自分の置かれた如何なる境遇』にかかわらず、『歯をくいしばって、人を褒める』ことの大切さと『人生のversion upの邂逅』の必要性である。『病気であっても、病人ではない』の社会構築が、『小学生からのがん教育』の姿であろう。『人生に期待する』から『人生から期待される』生き方への変換である。『純度の高い専門性と社会的包容力』を備え、『病気であっても、病人でない』の社会構築は、これからの人類の進むべき方向となろう。】

第299 回 『未来への懸け橋』 〜 境界に立ち、隙間を埋める 〜

イメージ
  【NHKスペシャル 立花隆 思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む(2009/11/23)の再放送(2023年2月14日)】を拝聴された方から、多数の励ましの心温まるコメントを頂いた。 特に『樋野先生のお若いこと、九十九回病理学会を思い出しました。』には、筆者が、【第99回日本病理学会総会(2010年4月27日-29日)(京王プラザホテル):「広々とした病理学-深くて簡明、重くて軽妙、情熱的で冷静-」】の大会長を務めたのが、今回鮮明に想い出された。『病理の100年を振り返って』(菅野晴夫先生) の特別企画、特別講演「科学の一般性、物語の一般性『2.5人称の視点』が拓くものー」(柳田邦男氏)。市民公開シンポ(4月29日)『がん医療-時代は何を求めているか?』では、立花隆氏『がんと私』の講演で会場の熱気が、ひしひしと伝わって来たものである。 筆者は【『臨床医と患者・市民』との『懸け橋』として、現代は、如何なる領域・分野においても、『陣営の外』に出て、境界に立ち、隙間を埋める『懸け橋』が求められているのではなかろうか? 本当の『隙間』は『人間の幅』であり、人間の勇気ある一歩によって、渡れるものと感ずる今日この頃である。『広々とした病理学』は『悠々と謙虚』を生み『対立的な違いを対称化』し『未来への懸け橋』となることであろう。】と語ったものである。  2023年2月15日、オンライン会議『日中医学協会 広報委員会』に出席した。 筆者は、機関誌『日中医学』の2020年度Vol 35『日中におけるがんの告知~がんゲノム医療時代を迎えて』を企画する機会が与えられ、テーマは【『日中の懸け橋』~「日中のがん告知の現状と相違」~】であった。 筆者は2017年、北京大学腫瘤病院で拙著『がん哲学外来で処方箋を』の中国語訳出版記念講演会(北京大学出版社主催)に招待された。   講演は、中国全土に、ネットで、同時放映されたようである。 北京大学腫瘤病院が作成された広報文章も、ネットで放映されたとの連絡を頂いた。『本書は「人生」の本質を探究し、「愛」の意味を追求するものである。――、きっと本書から専門的な知識や心の癒しを得ることができると信じる。』&『臨床医学または医学教育の重要な実践であり、――。医学の核心を示している。』との身に余る文章を主催者から頂いた。 ここに、『がん教育』の在り方の

第298 回 ゲーテ & ピポクラテス 〜 『勇敢なる独創⼒、決死的なる着⼿の習慣』 〜

 2023年2月12日、癌研時代の恩師が敬愛したゲーテ(1749~1832)の言葉『人間性を学ぶことにこそ人間がある』と、病理学者となった時の『ピポクラテス医学=一般疾病論=病理学』の心得が蘇ってきた。 ピポクラテスは、古代ギリシアの医者である。 想えば、2014年ギリシャでの学会『19th World Congress on Advances in Oncology and17th International Symposium on Molecular Medicine』での発表【N-REC/methotelin is an early diagnosis marker for Asbestos-related mesothelioma Imai Misa &  Hino Okio】が思い出された。  筆者は、2014年クリスチャントゥデイの記事『武⼠道とキリスト教(1)「正論」より「配慮」― がん哲学に学ぶ ー 』:【医療、福祉を専攻する学⽣の選択授業『死⽣学概論』で『新渡⼾稲造の武⼠道を読む』という講義を⾏った。   私は新渡⼾稲造の武⼠道に『勇敢なる独創⼒、急速な決⼼と決死的なる着⼿の習慣、実⾏と忍苦との偉⼤な能⼒』の実践を⾒る。 また、『⼩さな⼦をいじめず、⼤きな⼦に背を向けなかった者、という名を後に残したい』とは、まさに教育者に⼤切な『⼼構え』である。『弱いものいじめをしない』とは、医療・福祉に従事する者の原点でもあろう。 ⼀⽅、病理解剖に従事した者にとっては『⼈はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。 草はしおれ、花は散る』は厳しい現実である。『⽣命』のむなしさを痛感するのは私のみであろうか? これも、死を起点とする病理学者の宿命であろう。 故に、『いのち』のまことの意義の探求が始まる。――『現代教養』としての『死⽣学』の学びの重要さを痛感する今⽇この頃である。―― 新渡⼾稲造の名著『武⼠道』の第5章『仁・惻隠の⼼』である。『武⼠道』の原著は英⽂である。医学⽣が、英⽂であれ、⽇本語訳であれ、『武⼠道』を資料に⽤いてPBL(課題探求型教育)を『現代教養』の試みとして⾏うことは⾯⽩いのではないかと感じた。―― 熊⾕直実と平敦盛の物語(⼀⾕の戦、1184年)は、私が育った⼩さな村の『お寺』で、⼦どものころ、よく聞かせられたものである。 『

第297 回 『共同体の理想像』 〜 異なる文化や社会を寛容に受け入れる 〜

イメージ
 偶然に2023年2月7日号『クリスチャントゥデイ』で、筆者の2011年5月19日の、東大YMCAでの『がん哲学』セミナー記事を拝見した。 【国内で初めて『がん哲学外来』を開設した順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授の樋野興夫氏が19日、東大YMCAで『がん哲学』セミナーを行った。 セミナーでは『がん哲学』について、人間の体内細胞の変異から生じる『がん』という病気の『形態』『起源』『進展』が社会における人間関係・集団行動の過程に適用できることが説明された。】と記述されていた。 【『がん哲学』とは若き日から学び続けている南原繁(戦後初代の東大総長;1889〜1974)の『政治哲学』と吉田富三(元癌研所長・東大教授・佐々木研究所長;1903〜1973))の『がん哲学』をドッキングさせたものです。『がん哲学=生物学の法則+人間学の法則』です。『がん哲学外来』とは「生きることの根源的な意味を考えようとする患者と がんの発生と成長に哲学的な意味を見出そうとする『陣営の外』に出る病理学者の出会いの場」です。『がん哲学外来』の目的は、医師や家族などが自由な時間をもって患者とより深く対話していくことです。】と語った。 また【世界の国々が それぞれひとつの体の中のそれぞれの器官の役割を 成すように関係し合えば、平和な社会が出来上がっていくでしょう。 その中での日本の立場は『肝臓』であるべきではないかと思います『日本肝臓論』。『肝臓』という器官は 切られてもすぐに再生し、また異物に寛容な性質があります。 さらに、解毒・代謝作用があります。 日本という国自体も同様に 一部が機能しなくなったとしてもすぐに再生し、また異なる文化や社会を寛容に受け入れていく必要があり、しかも理念がしっかりしている。 そうなるとき世界に重用されるようになっていくでしょう。― そのような『社会のがん化』を防ぐ唯一の活路として『共同体の理想像』=『使命に燃える細胞集団』となっていくことが必要ではないでしょうか。― マイナス×マイナス=プラス! ― 一方、消極思考・マイナス思考の人同士が 会話をすることでもプラスのものが 生むことができるのです。】とある。 『あなたの隣人を、あなた自身のように愛せよ』(ルカ10章27節)の『善きサマリア人』が鮮明に蘇る日々である。

第296回 心の奥底からの信頼と愛 ~ 不屈の気性 ~

 この度、『楕円形の心』の製本が企画される運びとなり、【第1回「楕円形の心」新刊『がんばりすぎない、悲しみすぎない。』〜 心の奥底からの信頼と愛 〜】を読み直して見た。 その中の【新刊『がんばりすぎない、悲しみすぎない。』(講談社;2017年8月25日発行)が、毎日新聞朝刊の広告(8月27日付き)に掲載されていた。 早速、読者から、『ゆっくりじっくり話しかけられて深く頷いて、言葉の処方箋が柔らかく温かく心に染みいってくるような御本でした。―  一気に(でも、丁寧に)読み終え、満たされた気持ちでいっぱいです。 『がん哲学外来』を開始しようとした時に「快挙です」とお二人の恩師の方からのお言葉が有った由。― 今回の御本の中でその箇所が私には事のほか「嬉しく、そしてとても有難く」思えてなりませんでした。 人の心の奥底からの信頼と「愛」を感じとることが出来て、今朝の未明の読書(滅多にないことです)はとても幸せでした。 先生、ありがとうございました!』と大変、心温まるメールが送られて来た。まさに、『互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。』(ピリピ人への手紙 第2章3,4節)が甦った。] は、まさに原点回帰である。  また、【日曜日の午後の定例の読書会は、『武士道』(新渡戸稲造著、矢内原忠雄訳)の『第3章 義』であった。 今回は、『もし鋭敏にして正しき勇気感、敢為堅忍の精神が武士道になかったならば、義理はたやすく卑怯者の巣と化したであろう』の言葉が、深く身に浸みた。 まさに『厳格なる教訓』である。 すべての始まりは「人材」である。行動への意識の根源と原動力をもち、「はしるべき行程」と「見据える勇気」、そして、「最も必要なことは、常に志を忘れないよう心にかけて記憶することである」(新渡戸稲造;1862-1933)。「責務を希望の後に廻さない、愛の生みたる不屈の気性」が、「人生の扇の要」の如く甦る、日々である。】とある。 「ブレない人物」の訓練である。  2007年からスタートした『読書会』は、2023年の今でも 新渡戸稲造著『武士道』(岩波文庫、矢内原忠雄訳)と内村鑑三著『代表的日本人』(岩波文庫、鈴木範久訳)を交互に読み進めている。 本当に、継続の大切さを痛感する日々である。