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第363回 自分の役割の発見 〜 他人の理解が深まる 〜

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 2023年11月28日は、2009年にスタートした『吉田富三(1903-1973)記念福島がん哲学外来』(福島県立医科大学附属病院がん相談支援センターに於いて)に赴いた。  面談者は、筆者の本も読まれ、『樋野動物園』の話で大いに盛り上がった。 ご夫婦は『樋野動物園』に入所のご希望とのことである。大いに感動した。【『樋野動物園』2号(2023年10月13日発行)と『教養を深め、時代を読む 〜 楕円形の心 〜』(2023年8月31日発行)】をプレゼントした。 『樋野動物園』は、2019年10月13日に開設され、現在 172匹(人)を超える入所とのことである。 驚きである。 筆者は『樋野動物園』園長として、2020年10月13日発行の『樋野動物園1周年記念誌』で、『役割意識と使命感 〜 「新しい自分の発見 & 他人の理解が深まる」 〜 』のタイトルで寄稿の機会が与えられた。【『樋野動物園』の使命・役割は、『ただ、横にいるだけでいい。 必ず誰かの役に立っている。』】の実例であろう! 『居場所の重要性』を痛感する日々である。 ① 自分の力が人の役に立つと思う時は進んでやれ ② 心がけにより逆境も順境とされる ③ 軽やかに、そしてものを楽しむ。自らの強みを基盤とする。  2020年12月6日の東京都恩賜『上野動物園の旅』(『樋野動物園出版局』)も紹介した。 ゴリラ、パンダなど多数の動物を見学した。 約350種とのことである。 人間としての『個性と多様性』の確認の時となった。『自分より困った人に 手を差し伸べようとすれば、自らの役割が生まれ、逆境はむしろ順境になるのです』(新渡戸稲造;1862-1933)の教訓が鮮明に蘇ってきた。 『心が通じ合う人と 出会うことが 人間の一番の楽しみである。』(新渡戸稲造)を実感する大変有意義な貴重な今回の『福島の旅』となった。

第362回 『地球の懸け橋』 〜 国際相互理解 〜

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 2023年11月24日午前、【樋野先生、おはようございます。 台湾人の友達からこの写真が届きました。 台湾の図書館に置いてあるそうです。『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』】との心温まるメールが届いた。 大いに感激した。  11月24日午後は、【日中医学協会(The Japan China Medical Association)の、2023年度第2回広報委員会】に赴く(東京ガーデンパレス)。 日中医学協会については、 【目的:日中医学協会は、日本と中国の医療関連諸領域における交流事業を行い、日中両国及び日中両国を中心としたアジア地域の保健医療の普及及び向上に寄与することを目的として、(1)研究助成及び学術的共同研究の実施、(2)学術会議、(3)医療協力事業及び支援活動、(4)調査・情報収集、広報啓発活動、(5)人材育成、(6)招請、派遣、その他目的達成のために必要な事業を行っております。 中国は著しい経済成長下、健康中国2030等において医療衛生制度の一層の改革、体系化を推進しております。 日中医学協会は、これら中国の政策と日本の成長戦略(健康・医療戦略)との連動を見すえて、日中両国に有するネットワークを活用し、法人・個人会員と中国の政策部門・医療機関・医療従事者とのコーディネートに係わるプラットフォームも強化して参ります。】 【理念:わたくしたちは、以下の行動理念のもと、日中両国が協力して医療保健サービスの普及及び質向上に寄与するため、「学術の振興」、「医療協力」、「国際相互理解の促進」等の事業を通じて、健康で安心して暮らせる社会の建設に公益財団法人として積極的に貢献します。】と謳われている。  筆者は、【機関誌『日中医学』:『特集:日中におけるがんの告知―がんゲノム医療時代を迎えて』】担当する機会が与えられ、巻頭言【『日中の懸け橋』~「日中のがん告知の現状と相違」~】を寄稿した。  https://www.jpcnma.or.jp/organ/p3982/ HPには、書籍『もしも突然、がんを告知されたとしたら。』(樋野興夫先生著)のご紹介  が、紹介されている。ただただ感謝である。『日中の懸け橋』のお役に立てれば幸いである。 https://www.jpcnma.or.jp/news/p5908/

第361回 ぽっと希望が灯る 〜 人生における出会い 〜

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 筆者は、2023年11月21日 救世軍神田小隊士官(牧師)高畠恵子先生より『講演会 癒しのコンサート』(会場:救世軍神田小隊 神保町)』での講演の機会が与えられた。 【救世軍(The Salvation Army)は、キリスト教プロテスタントの一派、および慈善団体。 世界133の国と地域で伝道事業、社会福祉事業、教育事業、医療事業を推進する。――。日本では1895年に伝来し、日本福音同盟に加盟している。】と謳われている。 救世軍の教理の中に、下記記載(抜粋)されている。  われらは、われらの最初の父母が、罪なき者として創造されたが、彼らの不従順によりてその純潔と幸福とを失い、堕落の結果、すべての人みな罪人となり、全く邪悪になり、またかかる者として当然神の怒りを受くべき者なることを信ず。  筆者は、何時も講演では『遺伝子の突然変異の原点』として『アダムとイブの蛇の誘惑の経緯』を述べる。 今夜は、代表を務める南原繁研究会の企画委員会にZoom参加である。   2003年に初版『われ21世紀の新渡戸とならん』、2018年に新訂版、2019年4月には 英語版『I Want to Be the 21 st Century Inazo Nitobe』が製本されることになった。 筆者の人生に強い印象を与えた言葉は、小学校の卒業式で聴いた『ボーイズ・ビー・アンビシャス』(boys be ambitious)である。 クラーク精神が、内村鑑三(1861-1930)、新渡戸稲造(1862-1933)を生んだことも知らぬまま、ぽっと希望が灯るような思いであったものである。 その後、内村鑑三、新渡戸稲造、南原繁(1889-1974)、矢内原忠雄(1893-1961)の読書歴に繋がった。   人生における出会いは、出会った時に受ける影響だけに留まらず、20~30年後に影響してくることがある。 まさに、人生は開いた扇のようである。 『人生邂逅の三大法則=良き先生、よき友、良き読書』であることを痛感する日々である。 しかし、『環境=よき友』が整わないと継続しないであろう。 まさに、『読書会』は、『環境=よき友のモデル』の実践であろう! 

第360回 『はしるべき行程』 〜 常に志を忘れない 〜

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 2023年11月16日『新渡戸稲造記念センター in 新渡戸記念中野総合病院』から、東京女子大学(Tokyo Woman's Christian University)の理事会に向かった。 2箇所の共通点は新渡戸稲造(1862-1933)である。  筆者は順天堂大学医学部定年退職後(現在 順天堂大学名誉教授)【2019年4月、東京医療生活協同組合に『新渡戸稲造記念センター』が設立されました。『新渡戸稲造記念センター』は、東京医療利用組合(現・東京医療生活協同組合)の初代組合長(理事長)である新渡戸稲造博士の志こころざしを日本の国内外へ広め、実践する拠点となります。『新渡戸稲造記念センター』のセンター長には、新渡戸稲造博士の専門家として本邦の第一人者で、新渡戸博士の志を継承して活躍されている樋野 興夫先生が就任されました。】との心温まるお招きを頂いた。  筆者は、【2003年に初版『われ21世紀の新渡戸とならん』、2018年に新訂版、2019年4月には 英語版『I Want to Be the 21 st Century Inazo Nitobe』が発行されることになった。 タイミング的には『新渡戸稲造記念センター長』就任記念ともなった。 驚きである。 ― 私に強い印象を与えた言葉は、『ボーイズ・ビー・アンビシャス』(boys be ambitious) である。 ― クラーク精神が新渡戸稲造、内村鑑三(1861-1930)を生んだことも知らぬまま、ぽっと希望が灯るような思いであったものである。 その後、新渡戸稲造・内村鑑三、南原繁(1889-1974)、矢内原忠雄(1893-1961)を静かに学んできた。 ― すべての始まりは『人材』である。『はしるべき行程』と『見据える勇気』、そして世界の動向を見極めつつ、高らかに理念を語る『小国の大人物』出でよ! ここに、『新渡戸稲造記念センター』の開設の歴史的意義があろう!】と挨拶したものである。 東京女子大学は1918年創立。 初代学長は新渡戸稲造である。 女子教育に 大いなる理解を示した新渡戸稲造が、河井道(1877-1953;恵泉女学園 創立者)、津田梅子(1864-1929;女子英學塾 創立者)、安井てつ(1870-1945;東京女子大学 第2代学長)3人を援護した。『最も必要なことは、常に志を忘れ...

第359回 使命を見つけた人は強い 〜 「いのちの輝き」 〜

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 2023年11月12日、『第6回日本Medical Village学会』(WEB・山梨県立大学池田キャンパスに於いて)に赴いた。『東久留米駅→秋津駅―(徒歩)→新秋津駅→西国分寺駅→立川駅→山梨市駅』の『電車の旅』であった。  岩間孝吉先生、窪田たけみ氏が、山梨市駅で出迎えて頂き、窪田氏の車の運転で、笛吹市の『小川正子記念館』を訪問した。 また、『小川正子の実家』も見学した。 『小島の春 〜 ある女医の手記 〜』(小川正子著 長崎出版 1981年)の本を頂いた。 大いに感動した。  『小川正子(1902-1943)と神谷美恵子(1914-1979)』は、ハンセン病施設の長島愛生園で勤務した医師である。 今回、『小川正子& 神谷美恵子』の時代的要請を痛感した。 まさに『小川正子 & 神谷美恵子 〜 使命を見つけた人は強い 〜』である。  早速、 【『昨日の山梨の日本メディカルヴィレッジ学会は、ZOOMで視聴しました。 山梨県を挙げての取り組みを紹介していただき、大変参考になりました。』、 『山梨にメディカルヴィレッジが実現しそうですね。』、 『貴重なご講演を拝聴し、新たな視点に気づきました。』、『「人生から期待される生き方」をこれからも大事にしたいと思います。 がんケアカフェの研究(がんサバイバーと看護学生との語りあい)で、がんサバイバーたちは学生に語ると生き生きしてきます。  これは、ベテラン看護師より学生の方が未来を感じワクワクするからということでした。 そして、学生はそのようなサバイバーの方たちから「いのちの輝き」を感じ取っていました。 関わりからの学びを大事にし、これからも精進していきたいと思います。』】 などなどの多数の心温まる励ましのメールを頂いた。 『第6回日本メディカルヴィレッジ学会』の記念誌が製本される予感がする。来年(2024年)3月2日 福岡県八女市で住民公開講座『老いや治らない病を抱えても心安らかに暮らせる場所とは? ~ 医療と介護が連携し市民が共に支えるメディカルヴィレッジの実現のために ~』が企画されるようである。

第358回 繋ぐ懸け橋 〜 これからの医療の役割 〜

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 2023年11月8日、順天堂大学大学院講義(英語コース)『病理腫瘍病態学概論Overview of Human Pathology and Oncology』に赴いた。 今回は、【Carcinogenesis 発がん機構総論】を担当した。 留学生の真剣な眼差しは、大いに感動した。 筆者の既刊の英語訳、中国語訳、韓国語訳、ベトナム語訳をさりげなく紹介した。 もし、新刊『新渡戸稲造(1862-1933) 〜 壁を破る言葉 〜』の外国語訳が実現され『外国と日本を繋ぐ懸け橋し:一筋の光』になれば、望外の喜びであると語った。 その後、新渡戸記念中野総合病院(1933年開設)の『病院機能評価受審慰労会』に出席した。 約200人の参加者で、会場は活気に満ち溢れていた。 翌朝、筆者は、冗談ぽく下記の企画 を連絡した。 新刊本【『言葉の院外処方箋』〜 医療の形成力と原動力 〜】 巻頭言:入江先生(1000字) 新渡戸稲造の思い:山根先生(800字) 『これからの医療と看護師の役割』:中野様(600字) 新渡戸稲造著『武士道』読書会の意義について(各自 400字) (1)『太っ腹の21世紀の西郷どん』横井様 (2)高田様 (3)須藤様 『新渡戸稲造記念がん哲学外来』担当:高村様 (200字) ブログ『言葉の院外処方箋』から100選(岡田様 編集担当) 『お茶係の役割』:西岡様 (100字)  新刊『教養を深め、時代を読む 〜 楕円形の心 〜』は、ブログ『楕円形の心』を100選し、非売品(300部)で、自費出版したものである。 娘様が、表紙の絵を描いていただき、お父様(『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年)を協力して下さった)が編集された。 11月9日、CAJ(Christian Academy in Japan)の小学校の校長を務めるwifeとCAJでの行事で娘様と対面する。

第357回 ニューモア溢れるプレゼント 〜 穏やかな風貌と静かな口調 〜

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 2023年10月31日 羽田空港から韓国の金浦空港に向かった。 金浦空港には、今回のカフェをミョンジ(Myongji)大学で企画された平田尚子先生と ご主人のHa,Heon Ju教授とミョンジ大学の皆様が迎えに来て下さり、車でミョンジ大学に向かった。 平田尚子先生は、筆者の韓国語訳の3冊を持参されて来たのでサインをした。 『心温まるおもてなしに』には、ただただ感謝である。 ミョンジ大学の教授が『このカフェの開催により大学の発展することを望む。一般社会人に対する教育、研究が進んでいくようにメディカル・カフェの発展を望む』と『開会の挨拶』をされたようである。 その後、筆者は、講演『病気であっても病人ではない 〜 解決はできなくても解消はできる 〜』の機会が与えられた。 Ha,Heon Ju教授が、ニューモア溢れる韓国語の同時通訳をして下さった。 多数の参加者があり、大変有意義な充実した時であった。  早速、帰国後、平田尚子先生から下記のメールが届いた。 樋野先生のお話しは 1度聞いてわからない 2度聞いてもわからない 3度聞いて首をかしげて 4度聞いてうなずく とおっしゃられたとき 皆さん全員1度にうなずかれ大笑いしました。 そうしながらも 「病気であっても病人ではない」&「先生の穏やかな風貌と静かな口調でガンを語られて、ガンにたいする恐れや不安がなくなった」&「命は自分のものではなく天から与えられたプレゼント、だから ほかの人にもプレゼントしましょう」 大いに感動した。 今回は、『韓国と日本を繋ぐ懸け橋し:一筋の光』を実感する『人生の忘れ得ぬ貴重なソウルの旅』となった。