第298 回 ゲーテ & ピポクラテス 〜 『勇敢なる独創⼒、決死的なる着⼿の習慣』 〜

 2023年2月12日、癌研時代の恩師が敬愛したゲーテ(1749~1832)の言葉『人間性を学ぶことにこそ人間がある』と、病理学者となった時の『ピポクラテス医学=一般疾病論=病理学』の心得が蘇ってきた。 ピポクラテスは、古代ギリシアの医者である。 想えば、2014年ギリシャでの学会『19th World Congress on Advances in Oncology and17th International Symposium on Molecular Medicine』での発表【N-REC/methotelin is an early diagnosis marker for Asbestos-related mesothelioma Imai Misa &  Hino Okio】が思い出された。

 筆者は、2014年クリスチャントゥデイの記事『武⼠道とキリスト教(1)「正論」より「配慮」― がん哲学に学ぶ ー 』:【医療、福祉を専攻する学⽣の選択授業『死⽣学概論』で『新渡⼾稲造の武⼠道を読む』という講義を⾏った。 

 私は新渡⼾稲造の武⼠道に『勇敢なる独創⼒、急速な決⼼と決死的なる着⼿の習慣、実⾏と忍苦との偉⼤な能⼒』の実践を⾒る。 また、『⼩さな⼦をいじめず、⼤きな⼦に背を向けなかった者、という名を後に残したい』とは、まさに教育者に⼤切な『⼼構え』である。『弱いものいじめをしない』とは、医療・福祉に従事する者の原点でもあろう。 ⼀⽅、病理解剖に従事した者にとっては『⼈はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。 草はしおれ、花は散る』は厳しい現実である。『⽣命』のむなしさを痛感するのは私のみであろうか? これも、死を起点とする病理学者の宿命であろう。 故に、『いのち』のまことの意義の探求が始まる。――『現代教養』としての『死⽣学』の学びの重要さを痛感する今⽇この頃である。―― 新渡⼾稲造の名著『武⼠道』の第5章『仁・惻隠の⼼』である。『武⼠道』の原著は英⽂である。医学⽣が、英⽂であれ、⽇本語訳であれ、『武⼠道』を資料に⽤いてPBL(課題探求型教育)を『現代教養』の試みとして⾏うことは⾯⽩いのではないかと感じた。―― 熊⾕直実と平敦盛の物語(⼀⾕の戦、1184年)は、私が育った⼩さな村の『お寺』で、⼦どものころ、よく聞かせられたものである。 『南総⾥⾒⼋⽝伝』で知られる滝沢⾺琴(1767-1848)の、『敵の傷者に医療を加える物語』も、現代の国際医療のあり⽅を⽰す。 これこそ、多様化し、グローバル化した世界の『現代教養』にふさわしいものであろう。】が鮮明に想い出された。

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