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10月, 2024の投稿を表示しています

第433回 活動の原動力 〜 『人々の中に入ろう』 〜

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 2024年10月26日 5周年記念『がん哲学外来 メディカルカフェ㏌三浦海岸』 (主催:聖母訪問会 三浦修道院;企画担当:渡辺清子シスター、西田靖子シスター)に赴いた。 【メディカルカフェ ㏌ 三浦海岸は 今年で5周年を迎えました。 そこで『がん哲学』の提唱者であり、一般社団法人『がん哲学外来カフェ』を創設された名誉理事長 樋野興夫先生を お招きしての講演会を開催いたします。 カフェを始められた経緯や、多数のご著書の中の名言等について伺います。】と紹介されていた。 【自然と調和した暮らし『パーマカルチャー』の実践による自給自足的生活を送ってきた。『もっと人々の中に入ろう』。 近年では、地域に開かれた修道院をめざしており、そのなかで『がん哲学外来カフェ』の存在を知ったという。―― 数多くの患者や家族の苦しみ、悲しみに寄り添ってきたことも 開催の後押しになったという。『寄り添うことは 修道院の存在意義のひとつでもある』】   筆者は、講演『がん哲学外来カフェ』の後、別室で個人面談の時も与えられた。   早速、【『今日はありがとうございました。― 認知症予防の為に笑みサロンを開催している仲間も参加され、とてもあたたかい気持ちで帰ること出来たと。 三浦市は人口45000人足らずなのですが、3ヵ所あった訪問看護ステーションが倍の6ヵ所になっております。― 横須賀三浦は訪問看護ステーションは人口に比較して県内でも多いです。 ― 問題は要支援の一人暮らしの方をどう支えるか、介護保険では不十分、家族も頼れない、近所の付き合いもないと言う方々増えています。 私は今、まちの診療所で いかに虚弱体質にならないようにするかと言うことで、サークル活動や歩こう会等に誘って、100人近い会員を見守るコミュニティナースをしています。― 先生の本をまた、読んで自分の考え方を見直します。』 & 『今日も素敵なお言葉を沢山いただきありがとうございました。― 活動の原動力になります。 これからも宜しくご教授下さい。』】との心温まるメールを頂いた。  大変有意義な充実した『がん哲学外来 メディカルカフェ㏌三浦海岸』であった。

第432回 病と心のケア 〜 愛に溢れた雰囲気 〜

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 2024年10月20日浦和福音自由教会での講演会『〜 病と心のケア〜 ガン哲学外来とは』に赴いた。 多数の参加者であった。 筆者は下記を語った。 がん哲学 ~ 人は、がんとともに どのように生きていくのか ~ 1) 病気になったとき、人はどのように感じ、何を考えますか? 2) 家族は、どのように患者さんを 支えることができますか? 3) 周りの人は、どのように患者さんを 支えることができますか? 4) 人の支えは、患者さんに、どのような効果をもたらしますか? 『がん哲学外来とは』 『がん哲学外来の絶対性大原理』 愛がなければ全ては無意味 『がん哲学外来の真髄』 1) 愛に溢れた雰囲気 2) 静かな口調 3) にもかかわらず 『がん哲学外来の心得』 1) 仮面を外し、心の垣根をとる 2) 秘密は守る、リラックスした時間を過ごす 3) 正直になる、積極的に人々に仕える 『真理は円形にあらず、楕円形である。 一個の中心の周囲に描かるべきものにあらずして、二個の中心の周囲に描かるべきものである。 — 人は何事によらず 円満と称して円形を要求するが、天然は 人の要求に応ぜずして 楕円形を採るはふしぎである。 — 患難の坩堝(るつぼ)の内に燃え尽くす火に 鍛えられて初めて実得し得るものである。』(内村鑑三;1861-1930)。  多数の質問もあり、大いに感動した。 そして『グループに分かれて討論』、筆者は『総括』の機会が与えられた。 大変有意義な充実した時であった。 終了後、スタッフと懇談した。 『がん哲学外来』が開設されることであろう!

第431回 『余計なお節介』vs『偉大なるお節介』 〜 違いの是非の考察 〜

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 2024年10月12日『市ヶ谷だいじょうぶ!カフェ』(田口謙治・桂子夫妻 主催)に赴いた。  講演では、田口謙治氏が作成された【『新渡戸稲造(1862−1933)の言葉の処方箋』10か条 〜 心がけにより、逆境も、順境になる 新渡戸稲造 〜】を語った。 70名を超える参加者で、会場から多数の質問も寄せられた。 講演後、5組の個人面談の機会が与えられた。 皆様と『紙飛行機』を熱唱して終えた。 大変充実した貴重な時であった。  筆者の故郷【当時の住所名:島根県簸川郡大社町鵜峠(うど)、現在は、島根県出雲市大社町鵜峠】は無医村であり、幼年期、熱を出しては 今は亡き母(96歳で逝去)に背負われて、隣の村(鷺浦)の診療所に行った体験が、脳裏に焼き付いている。 そして、人生3歳にして、医者になろうと思った。  その村で、筆者の生涯に強い印象を与えたひとつの言葉がある。 母校の鵜鷺小学校(鵜峠と鷺浦の中間に位置する)の卒業式で、来賓が言った言葉『ボーイズ・ビー・アンビシャス』(boys be ambitious) である。 札幌農学校を率いたウィリアム・クラーク(1826-1886)が、その地を去るに臨んで、馬上から学生に向かって叫んだと伝えられている言葉である。 クラーク精神が新渡戸稲造、内村鑑三(1861-1930)を生んだ。これが筆者の原点であり、そして19歳の時から、尊敬する人物を、静かに、学んできた。 その人物とは、南原繁(1889-1974)であり、上記の新渡戸稲造・内村鑑三であり、また、矢内原忠雄(1893-1961)である。  人間は『お節介を やいてもらいたい生物』である。 でも『余計なお節介』は嫌である。 要するに、『偉大なるお節介』とは、他人の必要に共感することであり、『余計なお節介』と『偉大なるお節介』の微妙な違いと その是非の考察がこれからの大きな課題となる。『ユーモア(you more)に溢れ、心優しく、俯瞰的な大局観のある人物』の育成訓練でもある。 まさに、『本質的な人間教育の見直し』の時代的様相であろう。

第430回 相互作用する 〜Genotype & Phenotype & Dramatype 〜

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 2024年10月7日(11:00~12:30)順天堂大学院医学研究科博士課程Unit2『腫瘍医学』の講義『イントロダクション Introduction』に赴いた。   『「オーバービュー・がん研究の歴史(分子生物学、ウイルス発がん、動物モデルなど):Carcinogenesis」キーワード:・山極勝三郎 ・吉田富三 ・Knudson: Keywords:Katsusaburo Yamagiwa ・Tomizo Yoshida ・Alfred Knudson』  【発がんの連盟的首位性 〜 Genotype & Phenotype & Dramatype 〜『適時診断と的確治療』: 初期条件がある範囲にあると、初期の変異が経時的変化とともに分子の相互作用によって、様々に拡大し、将来予測が不可能になる。 これは初期のわずかの変異で大きな効果が出ることを意味する。 非平衡状態にあり外部と相互作用する開かれた複雑系では、初期状態(Genotype)が同じでも、外部から、意識的に適時に介入すれば、ある特異点(Phenotype)で分岐し多様性のある制御(Dramatype)が可能になるはずである。 病気はDramatypeなる故に、予防、治療が成立する。】とさりげなく語った。  『教育』は『人生の意義と目的の静思』へとも導くものと考える。 多数の質問もあり、大変有意義な、貴重な時となった。 筆者の中国語訳の本が読みたいとのことである。 大いに感動した。  次回(10月10日)の講義【『がん研究の最前線Cancer Research and Education』社会とのつながり(家族性腫瘍に対するコンサルテーションなど)(Connection with society(consultation for familial tumors, etc.) キーワード:がん哲学 ・遺伝性がん ・環境発がん Keywords:Cancer Philosophy・Hereditary Cancer・Environmental Cancer】に中国語訳を持参する。  10月9日(15:15~16:45) は、順天堂大学大学院修士課程『Overview of Human Pathology and Oncology 病理腫瘍病態学概論』は、海外留学生への英語で...

第429回 『人生の方からは期待されている』 〜 『人知・思いを超えて進展する』 〜

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 2024年9月30日 女子教育に大いなる理解を示した新渡戸稲造(1862-1933;東京女子大学 初代学長)が援護した、河井道(1877-1953)が創立(1929年)した恵泉女学園の理事長を務める筆者は、理事会に出席した。  10月1日は、【東久留米市医師会のラジオ番組「解決!我が家のホームドクター」 TOKYO854(FM85.4MHz)】取材を受けた番組を聴いた。 懐かしい南沙織の曲『色づく街』とGARO(ガロ)の曲『学生街の喫茶店』も流された。 【筆者の故郷:島根県簸川郡大社町鵜峠は無医村であり、幼年期、熱を出しては今は亡き母(96歳で逝去)に背負われて、隣の村(鷺浦)の診療所に行った体験が、脳裏に焼き付いている。 そして、人生3歳にして、医者になろうと思った。  南原繁(1899-1974)が東大総長時代の法学部と医学部の学生であった筆者の2人の恩師から、南原繁の風貌、人となりを直接うかがうことが出来た。 南原繁は、『高度な専門知識と幅広い教養を兼ね備えている人物であり、視野狭窄にならず、複眼の思考を持ち、教養を深め、時代を読む 具眼の士』である。 人間は、自分では『希望のない状況』であると思ったとしても、『人生の方からは期待されている存在』であると実感する深い学びの時が与えられている。 その時、その人らしいものが発動してくるであろう。『役割意識 & 使命感』の自覚へと導く。『練られた品性と綽々たる余裕は 教育の真髄』である。  ウィリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark:1826-1886)の精神が、『内村鑑三(1861-1930) & 新渡戸稲造』へと繋がり、英文で書かれた『代表的日本人』(内村鑑三)&『武士道』(新渡戸稲造)は、若き日からの座右の書である。そして、南原繁 & 矢内原忠雄(1893-1961)へと導かれた。 筆者は、現在『南原繁研究会の第3代目の代表』を仰せつかっている。】と語った。 『人生邂逅は、非連続性の連続性で、人知・思いを超えて進展する』ことを痛感する日々である。