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第526回 思いやり& 温かみ 〜 愛情の原点 〜

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 2026年1月24日早朝 アメリカ合衆国ミシガン州のグランドラピッズ(Grand Rapids)に住む娘から、雪の街の写真が送られて来た。  1月22日には、ワシントン州に住む娘から 壮大なMt. Rainier (4392m)の写真が送られてきた。 大いに心が慰められた。   筆者は、【誕生の年の母の元旦の夢が『富士山(3776m)』であり、 幼児の時から『富士山子』と母に励まされたものである。】 故に【富士山】 には特別な思いがある。 アメリカ在住の娘、孫達も それを知っていて、『富士山に似ているMt. Rainierの写真』を送ってくれる。  涙無くしては語れない。 幼年時代のインプリンティングは 生涯に影響を与えるものである。 これが、『愛情の原点』となろう!  1月24日は【偉大なるお節介症候群 認定証】を授与されている 野口恵子氏(救世軍清瀬病院チャプレン/ボランティアコーディネーター、上智大学大学院実践宗教研究科 死生学専攻 博士後期課程在籍)主催で、2024年1月からスタートされた2周年記念『第25回小岩メディカルカフェ みちくさ』(江戸川区 小岩栄光キリスト教会に於いて)の講演に赴いた。会場からは 質問もあり、大変有意義な貴重な時となった。 スタッフの心温まるおもてなしには、ただただ感謝である。 帰りには、野口恵子氏のご主人が、上野駅まで、車で送って頂いた。 車の中での会話は、大変充実した時となった。来年(2027年)には、3周年記念本が、製作されることであろう!  帰宅後は、筆者が代表を務める『がん哲学外来市民学会』主催のZoom ミーティング【第32回『つながるカフェ』(事務局 嶋田弥生氏)】に出席した。 今回のスピーカーは『多摩川せせらぎメディカルカフェ』代表・担当者の岡内泰子氏であった。『謙虚で、常に前に向かって 努力されている姿』には、大いに感動した。 その後、質疑応答、グループトークで、終了した。  『他人の苦痛に対する思いやり』は、『がん哲学外来メディカル・カフェ』の真髄である。 まさに、【『欣然たる面貌、快然たる微笑をもて』= チアフルな顔付を以て人に接し、見ず知らずの人に対しても、少しの親切でも してあげるという心もちで 暮らせば、社会は温かくなるであろう!& 『何事も 最初の一歩が大事である。花は芽...

第525回 『親切とは行動すること』〜『いろいろな意見に耳を傾ける』〜

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  2026年1月20日(火) 新渡戸稲造記念センター ―> 『がん哲学外来メディカル・カフェ@よどばし』(淀橋教会に於いて)に赴いた。『がん哲学外来メディカル・カフェ@よどばし』は、2014年7月6日(日)にスタートされた。今回は第132回であった。 継続の大切さを実感する時となった。 定番の『365日の紙飛行機』の熱唱で始まり、『糸』を合唱して終えた。 7月26日(日)は『メディカル・カフェ@よどばし12周年記念講演会』が企画される様である。『心温まるおもてなし』には、大いに感動した。『ながれやま・がん哲学外来カフェ』(千葉県流山市) 代表・担当者:春日井いつ子氏も参加されていた。  【『がん哲学外来』とは、がんと告知されてから、あなたが考える『悩み・不安・想い・願望』などを 直に聴いて『解消できる道』を一緒に探し『医療の隙間』を埋める活動です。 がんを患うご本人だけでなく、支えられている家族の方々の相談も行います。 今や世界的にも注目されている『がん哲学外来 メディカル・カフェ』是非どなた様も、お気軽にご参加ください。】と紹介されていた。『親切とは行動すること』&『いろいろな意見に耳を傾けたい』(新渡戸稲造: 1862-1933)の復学である!  大変充実した貴重な時であった。  【『がん細胞の病理』と『人間社会の病理』の類似性 = 生物学と人間社会の懸け橋】は、 2001年の『がん哲学』の提唱の原点である。 そして、 2008年 順天堂大学病院で【『病気』であっても『病人』ではない 社会の構築を目指して『がん哲学外来』】が開設された。 【『がん哲学外来』:1)『生涯書生』2)『社会の優越者ではない』3)『自己犠牲が伴う』】の実践でもある。 『メディカル・カフェの心得 10ヶ条』 1)『暇げな風貌』の中に、『偉大なるお節介』を有する『胆力と気概』の習得 2)  空の上から自分を見る視点を持った『当事者研究』の推進 3)  言葉の大切さ、重み、対話のあり方を学ぶ人材の育成 4)  病気になったとき、人はどのように感じ、何を考えますか? 5)家族は、どのように患者さんを 支えることができますか? 6)周りの人は、どのように患者さんを 支えることができますか? 7)人の支えは、患者さんに、どのような効果をもたらしますか...

第524回 『病理学』 = 『形態』 & 『起源』 & 『進展』 ~ 人生の根幹を追求する ~

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 2026年1月15日、中央区の晴海西中学校の2年生の講演『がん教育』に赴いた。 体育館で行われ 4クラスの約150人の生徒の出席であった。 多数の質問が寄せられた。『生徒、教職員の真摯な姿勢』には大いに感動した。 文部科学省は 新学習指導要領に『がん教育』を明記し、2021年度から中学校、高校での授業が本格化されている。   その後、10年前 wifeと 台湾での結婚式に招待してくださった夫妻 (奥様は台湾のインターナショナル・スクールの小学校の先生、ご主人は牧師)が、『結婚10周年の旅』で来日された。 奥様は、アメリカの大学の在学中、インターンシップ(internship)で、3ヶ月間 CAJで学ばれた。その時、我が家に下宿された。 今回、東久留米のCAJ(インターナショナル・スクールのクリスチャン・アカデミー・イン・ジャパン:Christian Academy in Japan)の小学校の校長先生のお家族も参加され、東久留米駅前にある『イースト サイド カフェ & ダイニング』で夕食を共にした。 大変有意義な一日となった。 ご夫婦は我が家に一泊された。  筆者の『がん哲学』(to be 出版)の中国語訳 (簡体字、繁体字) の『繁体字』をプレゼントした。 翌日1月16日は、『川越 ー> 箱根の旅』に向かわれた。 いつか、また、台湾を再訪したいものだ。  筆者は、2026年1月15日午前、順天堂大学から、病理組織診断業務に赴いた。 病理組織診断業務は、『顕微鏡を見て病気を診断する = 森を診て木の皮まで診る俯瞰性』の実践である。誤診は許されない厳粛な場である。【『病理学』 = 『形態』 & 『起源』 & 『進展』を追求する学問である。】『風貌を診て、心まで読む = 人生の根幹を追求する業務』が、【病理医の心得】でもある。  【『がん細胞の病理』と『人間社会の病理』の類似性 = 生物学と人間社会の懸け橋』は 2001年の『がん哲学』の提唱の原点である。 病理学者が『がん哲学外来』を創設出来たのは ここにあろう!】 そして、 2008年 順天堂大学病院で【『病気』であっても『病人』ではない 社会の構築を目指して『がん哲学外来』】が開設された。 まさに、『人知を超えた不思議な時の流れ』を実感する日々である。

第523回 相異なるものが 共存する ~ バランスがとれる ~

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 【暇気な風貌で私たちに『言葉の処方箋』を下さる樋野先生も、いつもに まさる格調高い講話を 処方してくださいました!】と紹介されていた。 まさに、【『良き友のモデル:マリアとエリサベツ』 ~ 訪れる人を 温かく迎え入れる ~ の心得】であろう。 【縦の門(内村鑑三: 1861-1930)と 横の門(新渡戸稲造: 1862-1933)】 1)  違うものが 共存すると強くなる。
 2)  縦だけでも 横だけでもダメ。
 3)  自分と違う人間が居ることで バランスがとれる。 『楕円形の心』(内村鑑三)                                                                       1) 楕円形とは、2つの中心点があり、相異なるものが バランスの上に成り立っているもの。
  2) 生命現象(がん遺伝子 と がん抑制遺伝子など)相異なるものが 緊張感の上に共存。
            3) 嫌な人間が居ても 存在を認める。       『商売成功の秘訣10箇条』(内村鑑三)
                                   1) 自己にたよるべし。 他人にたよるべからず。
                          2) 本を固くすべし。 さらば事業は おのずから発展すべし。
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第522回 愛に溢れた雰囲気. 〜 1人の人間を癒す為に必要である 〜

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 2026年1月6日 筆者の故郷(島根県出雲市大社町鵜峠)の島根県で、震度5の大地震が起こったとのニュースを聴いた。 故郷は、日本海に面し、無医村で、現在では【人口34名、60%の空き家】である。 早速、『結構揺れましたが 今のところ被害はないようです。』との連絡を頂いた。 2024年元旦1月1日は、震度7の石川県の能登半島地震であった。『時代の波は 寄せては返す』を痛感する。  故郷の自宅で、父92歳(1921年1月24日〜2013年5月5日)・ 母96歳(1923 年 2 月20 日〜2019 年 6 月 3 日)安らかに天寿を全うした。 筆者は【誕生の年の母の元旦の夢が『富士山』であり、幼児の時から『富士山子』と母に励まされた。 これが『愛情の原点』である。】(添付)【Medical Village『メディカルビレッジ 』=1人の人間を癒す為には1つの村が必要である』】は、時代的要請であろう !  1月7日 新渡戸稲造記念センターに赴いた。【1933年3月3日には 三陸で地震の大災害があったと記されている。 その時、 新渡戸稲造 (1862-1933) は 被災地 宮古市等沿岸部を 視察したとのことである。 その惨状を 目の当たりにした 新渡戸稲造は『Union is Power』(協調・協力こそが力なり)と 当時の青年に語ったと言われている。】 まさに【他を思いやり慈しむ心 & 努力し続ける姿勢 & 役割 & 使命】の復学である!  【『自分より困った人に 手を差し伸べようとすれば、自らの役割が生まれ、逆境は むしろ順境になるのです』&『目的は高い理想に置き、それに到達する道は臨機応変に取るべし』&『最も必要なことは、常に志を忘れないよう 心にかけて記憶することである』(新渡戸稲造)】 & 【『機会をつくるのも、それを用いるのも、人であります』&『古いものには、まだ再活用される要素があるのである』(内村鑑三: 1861-1930)】が鮮明に蘇ってくる日々である。  1月8日、Wife は『英会話レッスン』を自宅でスタートし、最初は、【Lesson 1 - Greetings and Self-introduction】のことである。 まさに、『愛に溢れた雰囲気 』で、【『アルプスの少女ハイジ』の現代的意義:喜んで 無邪気に 小さなことに大きな愛を込める】の...

第521回 正しく歩く 〜 不連続の連続性の時の流れ 〜

 2026年1月4日午前、wifeとCAJ(Christian Academy in Japan)のキャンパスの中にあるKBF(Kurume Bible Fellowship)に出席する。【あなたのお住まいは なんと慕わしいことでしょう。 雀さえも、住みかを見つけました。ーー なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住み人たちは。彼らは、いつも、あなたをほめたたえいます。 ーー あなたの大庭にいる一日は 千日にまさります。 ーー 恵みと栄光を授け、正しく歩く者たちに、良いものを拒まれません。 ーー なんと幸いなことでしょう。あなたに信頼するその人は。】(詩篇84章1〜12節)の復習である。  午後は、筆者が毎週書いているプログ『楕円形の心』の編集を担当してくださっているM氏と東久留米ジョナサンで面談する。 2023年8月31日にプログ『楕円形の心』を100選して『教養を深め、時代を読む 〜 楕円形の心 〜』(to be 出版)として出版された。 筆者が【キリスト新聞『21世紀へのエマオの道 〜 先人の志を継承しつつ 〜』】のタイトルで、1年間連載したものを2005年に『われOrigin of fireたらん 〜 がん哲学余話  〜』(to be 出版)をM氏が発行して下さったことが鮮明に思い出された。【Origin of fire ひのおきを(Hino Okio=火の熾きを!)の日々の活動と省察録】としての最初の本『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年 発行:イーグレープ/発売:いのちのことば社)もM氏の支援で、筆者が広報誌『Scientia』に連載していた文章をまとめたものである。『われ21世紀の新渡戸とならん』出版20周年記念として『教養を深め、時代を読む 〜 楕円形の心 〜』の単行本が実現した。  エマオ(Emmaus アメリカのペンシルベニア州)には、wifeの実家があった。 筆者は医師になり、癌研究会癌研究所の病理部に入った(1979年)。 そこで、当時、癌研究所所長であった菅野晴夫(1925-2016)先生との大いなる出会いに遭遇した。 菅野晴夫先生にフィラデルフィア(Philadelphia)の Fox Chase Cancer Center(1905年に米国で最初のがん病院の一つとしてに設立された)のKnudson(1922-2016...

第520回 興(おこ)す 〜 幼年時代のインプリンティング 〜

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 2025年12月29日 【現在では人口34名、60%の空き家の故郷】の島根県出雲市大社町鵜峠(うど)から姉(1951年10月2日生まれ)が上京し、羽田空港にWifeと迎えに行った。 約20年ぶりの上京であろうか!? 無医村の鵜峠の自宅に於いて、安らかに 96歳の天寿を全うした【母:樋野壽子(1923年2月20日 〜 2019年6月3日)】の顔に、ますます似て『そっくりさん』の風貌であった。  母の兄達は、太平洋戦争で戦死し、末っ子の母が我が家を継いだ。 そして、筆者は、【祖父:樋野卓郎(1888-1972)】から、『家を興(おこ)す=樋野興夫=ひのおきお=Origin of Fire』と命名されたと、膝に抱かれて聞かされた幼年時代の想い出が鮮明に脳裏に蘇る。 『興』は『国を興す 産業を興す 振興 興起 興隆 再興 復興』 である。  筆者は、幼年時代から 【筆者の誕生(1954年3月7日)の年(1954年)の母の元旦の夢が『富士山』であり、筆者は、幼児の時から『富士山子』と母に励まされたものである。】故に【富士山】には特別な思いがある。 幼年時代のインプリンティングは 生涯に影響を与えるものである。【壮大な品格のある『富士山(3776m)』】の姿には、いつも大いに心が慰められる。   鵜峠の海辺に行き、日本海を眺めながら、『何故に、この母から この世に、生まれたのか ?』 & 『何の為に、この地で、生まれたのか?』を 深く静思したものである。 無医村で、母に背負われて、隣の村の診療所に行った体験が、脳裏に焼き付いている。 これが、『愛情の原点』であろう!  昨年(2024年5月1日) 島根大学医学部地域医療教育学(島根県出雲市)での講義で息子夫妻と帰郷(島根県出雲大社鵜峠)した。 息子夫妻も講義を受講した。 鵜峠の実家で一泊し、翌朝(5月2日)、廃校になった鵜鷺【鵜峠+鷺浦(隣の村)=鵜鷺(うさぎ)】小学校の校地、そして、鵜鷺(うさぎ)コミュニティセンター(廃校になった鵜鷺中学校)を訪問した。 筆者の夢は、『鵜鷺メディカル・ビレッジ構想』である。