第569回 『階段を上がる如く』 〜 自分のoriginality を失わない 〜

 2026年8月15日 『東村山がん哲学外来 メディカル・カフェ12 周年記念会』で講演【隙間』を埋める ~ 『階段を上がる如く』 ~】を依頼された。『階段を上がる如く』は、【2017年の敬老の日(9月18日)『伊香保温泉 福一』での『がん哲学外来 伊香保シンポジウム』に赴いた。 基調講演『原田明夫氏追悼記念 〜 今、ふたたび 伊香保温泉 〜』の機会が与えられた。 翌日の早朝、伊香保温泉街を散歩した。『365の石段』を登りながら、1897年、日本が誇る国際人・新渡戸稲造(1862〜1933)が保養した旅館を静思し、新渡戸稲造が伊香保温泉の保養中に『農業本論』(日本初の農学博士取得)を書いた】が原点である。

 筆者は、癌研部長時代、原田明夫(1939-2017:元検事総長・東京女子大学前理事長)と、2000年『新渡戸稲造 武士道100周年記念シンポ』(国連大学)& 2002年『新渡戸稲造生誕140年記念シンポジウム』(伊香保温泉)&  2003年『新渡戸稲造没後70年』(札幌)を企画する機会が与えられた。 順天堂大学教授に就任した2004年には、国連大学で『新渡戸稲造5000円札さようならシンポ』を一緒に開催して頂いたことが 走馬灯のように駆け巡ってくる。 そして、『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年 発行イーグレープ)(新訂版2018年、英語版 2019年)を出版したものである。 アメリカでの保養中に新渡戸稲造は『武士道』を完成させた。 『天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。』(伝道者の書3章1節)。『人生は、もしかしたらこの時のため』を実感する日々である。 2007年から『武士道』の読書会を始めた。

 一番の思い出は、原田明夫氏と 月1回『21世紀の知的協力委員会』を開催したことである。 新渡戸稲造が国際連盟事務次長時代(1920〜1926)に設立したのが『知的協力委員会』である。【世界中の叡智を集めて設立した『知的協力委員会』には 哲学者のベルグソン(1859-1941)や 物理学者のアインシュタイン(1879-1955)、キュリー夫人(1867-1934)らが委員として参加し 各国の利害調整にあたった。『知的協力委員会の後身がユネスコ』】である。 

 筆者は講演で『人間社会の病理 〜 尺取虫運動(自分のoriginal pointを固めてから、後ろの吸盤を前に動かし、そこで固定して前部の足に前に進める。 かくていつも自分のoriginality を失わないですむ)に学ぶ 〜』をさりげなく語る。【『① 存在自体が周囲を明るくする人(爆笑症候群認定証)、② 楽観的に物事を考える人(爆睡症候群認定証)、③ 自分の問題をユーモアに語る人(気がかり症候群認定証)』】の実践でもある。

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