第568回 『心の故郷』 〜 歴史的事実を学ぶ 〜

 2026年8月11日『軽井沢がん哲学外来カフェ』(軽井沢南教会に於いて)に赴く。【がん哲学外来とは がんを告知されてから、あなたが考える『悩み・不安・想い・願望』などを直に聴いて『解消できる道』を一緒に探し『医療の隙間』を埋める活動です。 がんを患うご本人だけでなく、支えられている家族の方々の相談も行います。 今や世界的にも注目されている『がん哲学外来メディカル・カフェ』是非どなた様もお気軽にご参加ください。 2017年10月17日第1回『がん哲学外来カフェ』が開催されました。】と紹介されている。

 筆者にとっては、内村鑑三(1861-1930)と新渡戸稲造(1862-1933)の所縁のある軽井沢の内村鑑三の『石の教会』、新渡戸稲造の『軽井沢夏季学校』は、若き日からの『心の故郷』でもある。アメリカ、ドイツへ留学した新渡戸稲造は1891年メリー・エルキントン (1857-1938)と結婚し一緒に帰国した。 新渡戸稲造は、軽井沢へは1905年に、メリー夫人と共に訪れ別荘を設けて避暑生活を行っている。『明治初期は人口わずか500人だった信州の寒村が日本でも有数なリゾートになった理由がここにある』とも言われている。【新渡戸稲造は1905年軽井沢訪問 & 1918年軽井沢夏季学校開設】とある。 2013年、【新渡戸稲造没80周年・新島襄生誕170周年記念『“軽井沢”がん哲学外来講演会 〜がん哲学外来の源流 〜』】が軽井沢で開催されたことが、鮮明に蘇ってきた。

 新渡戸稲造は、1932年8月 軽井沢夏期大学で 中学校教員のために 愛読したカーライル(Thomas Carlyle :1975-1881)の『サーター・リサータス:衣装哲学』の5日間連続講義を行ったと聞いたものである。 『“Do thy Duty, which lies nearest thee, which thou knowest to be a Duty”(汝の義務を尽くせ。 汝の最も近くにある義務を尽くせ、汝が義務と知られるものを尽くせ)』である。

 【内村鑑三は、1921年に軽井沢を訪れている。1926年星野温泉の主人に『商売成功の秘訣10か条』を渡している】。内村鑑三の 軽井沢訪問の年は、1921年の様である! 【何故に100年以上前に『武士道』(1899年; 矢内原忠雄訳)著 新渡戸稲造と『代表的日本人』(1908年;鈴木範久訳)著 内村鑑三は、軽井沢を訪問したのか?  軽井沢駅開設(信越本線)は、1893年のようである (東京 → 軽井沢 約6~7時間) 】&【軽井沢が 避暑地として知られるようになったのは、1886年にカナダ人宣教師のアレクサンダー・クロフト・ショー(Alexander Croft Shaw、1846 - 1902)がこの地を訪れ、気候の良さを 宣教師仲間に紹介したことがきっかけで、宣教師・外交官・外国人教師の避暑地になりました。】とのことである。【歴史的事実を学ぶことは、大切である。】

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