第527回 人生の分れ道 〜 どちらの道をとるか 決める 〜
2026年2月1日(日曜日) 、WifeとCAJ(Christian Academy in Japan)のキャンパスの中にあるKBF(Kurume Bible Fellowship)に出席した。 聖餐式(communion)の日でもあった。 今回は、【 兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。 兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩んでいるのであって、自分がどこへ行くのか知らないのです。 やみが彼の目を見えなくしたからです。】(ヨハネの手紙一第 2 章10節、11節)の復学となった。
【『自分より困った人に 手を差し伸べようとすれば、自らの役割が生まれ、逆境は むしろ順境になるのです』&『人間の知恵と洞察とともに、自由にして勇気ある行動』】(新渡戸稲造:1862-1933)の教訓か鮮明に蘇って来た。
【『――、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。 なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。』(コリント人への手紙第二12章10節)&『――あなたがたは 心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。』(ヨハネの福音書14章27節)】の復習となった。まさに、『Stand in the gap(隙間に立つ)』の心得であろう。
Wifeと 東久留米駅でのレストランで昼食後、Wifeは、6歳の『英語レッスン』で大泉学園に向かった。 筆者は、東久留米市の落合川を散策した。【『川の中を泳ぐ鯉』&『川辺の鴨』】を見て川の中を泳ぐ鯉、川に浮かぶ鳥を見ながら、『公義を水のように、正義をいつも水の流れる川のように、流れさせよ』(アモス書 5章 24節)を実感した。また、『公園での小学生の野球練習』を観て 心休まる時となった。
『真の知識と あらゆる識別力によって、――、真にすぐれたものを 見分けることができるになりますように。』(ピリピ人への手紙 1章 9、10節)の実践の場である。 まさに、『大胆に確信』(エペソ人への手紙 3章 12節)を持って、『湧き水なれ』の復習の日曜日となった。