第509回 人知を超えて、進んでいる 〜 じっくりと考える 〜

  2025年11月5日 順天堂大学の御茶ノ水駅から羽田空港に向かった。 アメリカ合衆国ワシントン州在住の娘が、9年ぶりに家族(主人、子供3人)とシアトル空港から来日したので、wifeと羽田空港第3ターミナルに赴いた。



 11月6日は、新渡戸稲造記念センターでの『がん哲学外来』に赴く。【『がん哲学外来』は、がんに悩む方の思いを受け止め、樋野センター長と患者が対等の立場で ざっくばらんにがんについて語り合う場です。『がん哲学外来』は外来という名前がついていますが、診察はしません。カルテも検査結果もありません。その代わり、がんになった不安や苦しみ、がんとの向き合い方を じっくりと話し、考えることが出来ます。】&【2019年4月、東京医療生活協同組合に『新渡戸稲造記念センター』が設立されました。『新渡戸稲造記念センター』は、東京医療利用組合(現・東京医療生活協同組合)の初代組合長(理事長)である新渡戸稲造(1862-1933)博士の志(こころざし)を日本の国内外へ広め、実践する拠点となります。『新渡戸稲造記念センター』のセンター長には、新渡戸稲造博士の専門家として本邦の第一人者で、新渡戸博士の志を継承して活躍されている樋野興夫先生が就任されました。2019年4月、東京医療生活協同組合に『新渡戸稲造記念センター』が設立されました。】と心温まる紹介がなされている。 ただただ感服する。 その後『新渡戸記念中野総合病院倫理委員会』に出席する。

 2003年に初版『われ21世紀の新渡戸とならん』、2018年に新訂版、2019年4月には 英語版『I Want to Be the 21 st Century Inazo Nitobe』が発行された。 タイミング的に『新渡戸稲造記念センター長』就任記念ともなった。 若き日の筆者に強い印象を与えた言葉は『ボーイズ・ビー・アンビシャス』(boys be ambitious)である。 札幌農学校を率いたウィリアム・クラーク(1826-1886)が、その地を去るに臨んで、馬上から学生に向かって叫んだと伝えられている言葉である。 そして、クラーク精神が生んだ内村鑑三(1861-1930)、新渡戸稲造(1862-1933)、南原繁(1889-1974)、矢内原忠雄(1893-1961)の読書を始めたものである。 『すべての始まりは 出会いで 人知を超えて、時が進んでいる』ことを実感する日々である。

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