第472回 『人生の意義と目的』 〜 品性 & 強靭 & 高貴 〜
2025年5月2日 筆者は、病理医としての定例の病理組織診断業務を担当した。『病理組織診断』とは、『顕微鏡を見て病気を診断する = 森を診て木の皮まで診る =風貌を見て、心まで読む = 丁寧な観察力の修練』である。 病理医の『原点回帰』である。
病理医としての経験が、『がん哲学 = 生物学の法則 + 人間学の法則』&『がん哲学外来 = 品性のある 強靭で 高貴な心の持ち方』の厳粛な訓練ともなっている。 まさに『持っている、身につけている、与えられている』の実践である。
『がん病理学』 は『がん』に関しての学問で、『形態』&『起源』&『進展』などを追求する学問分野である。 当然がん研究者だけのものでなく、一般社会の人々の為の学問でもある。 がん病理学者が『がん』をどの様に考えるかは、とても大切なことである。 なぜなら『がん』に対する概念が世界観、人生観、ひいては日常の決断や行動をも 時には決定するからである。 ある意味では【人生の意義と目的の『静思』】 へと導くものと考える。
【初期条件がある範囲にあると、初期の変異が経時的変化とともに分子の相互作用によって、様々に拡大し、将来予測が不可能になる。これは初期のわずかの変異で大きな効果が出ることを意味する。非平衡状態にあり外部と相互作用する開かれた複雑系では、初期状態(Genotype)が同じでも、外部から、意識的に適時に介入すれば、ある特異点(Phenotype)で分岐し多様性のある制御(Dramatype)が可能になるはずである。 病気はDramatypeなる故に、予防、治療が成立する。
電子計算機時代だ、宇宙時代だといってみても、人間の身体の出来と、その心情の動きとは、昔も今も変ってはいないのである。 超近代的で合理的といわれる人でも、病気になって、自分の死を考へさせられる時になると、太古の人間にかへる。 その医師に訴へ、医師を見つめる目つきは、超近代的でも合理的でもなくなる。 静かで、淋しく、哀れな、昔ながらの一個の人間にかへるのである。 その時の救いは、頼りになる良医が側にいてくれることである。(吉田富三:1903-1973】は、『がん病理学者の社会貢献』でもあろう。