第268回 「心が通じ合う人と出会う」 〜 時空を超え 〜

 2022年9月11日、早稲田奉仕園スコットホールでの、講演会【教育者・国際平和主義者 新渡戸稲造(1862 - 1933)生誕160周年記念「新渡戸の夢と音楽は時空を超えて」】(新渡戸の夢映画製作委員会・若き音楽家を育てる会 主催)に赴いた。

【第一部】「新渡戸の夢」

司会 杉山芳子

・「新渡戸の夢」映画製作スタートメッセージ(映画監督 野澤和之)

・新渡戸稲造の教育~心が通じ合う人と出会う~(スピーカー 樋野興夫)

・勝負と信仰 (スピーカー 加藤一二三)

・今、新渡戸稲造が我々に問いかける言葉とは(コメンテーター 大塚清一郎)

ステージ上の写真が送られて来た。 大いに感動した。


【第二部】ウクライナ復興支援コンサート

「音楽は、時空を超えたメッセージ」

司会 MIRAI

演奏者

・吉田 直矢(ヴァイオリニスト)

・田島 玲子(クラシカルクロスオーバー歌手)

・河崎恵(ピアニスト)

外交官でもあられた大塚清一郎 氏から、「吉田茂(1878 - 1967)と南原繁(1889 - 1974)」との関係性について質問された。 筆者は、下記の2010年に書いた文章が、鮮明に蘇ってきた。

【第26回「がん哲学ノート」:南原繁vs吉田茂の「曲学阿世」論争に学ぶ—「がん哲学者」の探求の道—

今週は、月例の「南原繁研究会」(学士会館)の読書会であった。箇所は「南原繁著作集 第7巻」の「Ⅳ平和の宣言」(p.295-433)である。改めて、当時の首相:吉田茂の「曲学阿世発言」(1950年5月3日)を静思した(毎日新聞 1950年5月4日付け、朝日新聞 1950年5月5日付け)。

ことの起こりは、1949年12月9日の南原繁の『「ワシントンにおける国務省協力・米国教育協議会主催:第一回占領地域に関する全国会議」において行われた演説:日本における教育改革の理想』である。渡米には「新渡戸稲造のコートを身につけて」飛行機のタラップを降りる南原繁の姿の写真がある。当時の南原繁の決意の程が知れよう。さらに1950年3月28日の東大卒業式の総長の演述「世界の破局的危機と日本の使命」がある。

吉田茂の「曲学阿世発言」への反論(朝日新聞1950年5月6日付け)の南原繁の記者会見がある。さらに、1950年5月10日東大の五月祭での「学問と政治」の講演、故郷の高松での講演「民族の危機と将来」(1950年11月5日)がある。『「全面講和」と日本の「永世中立」を堂々と主張した南原繁vs現実からかけはなれた「空論」をもてあそぶ「曲学阿世」の徒と非難した吉田茂、さらに「学問の冒瀆」であり学者への「権力的強圧」とただちに反論した南原繁』の歴史に名高い論争である(加藤節著 南原繁—近代日本と知識人−、岩波新書)。まさに「理念をもって現実に向かい、現実のなかに理念を問う」(理想主義的現実主義者)であり、「新渡戸稲造と内村鑑三(1861 - 1930)」を師に持つ「政治哲学者:南原繁」の一貫した姿であろう。】

今回は、まさに、「心が通じ合う人と出会う」貴重な時となった。

このブログの人気の投稿

第2回 『何があっても、いつ、どこにあっても なくてはならない人に おなりなさい』

第108回 矢形 寛 先生の生涯 〜「火焔のうちにある 燃料の如く 自ら燃えよ!」〜

第381回 『よくみる よくきく よくする』〜 寄り添う いい言葉 〜