第185回 ゲーテ と シュヴァイツァー の学び 〜 「人格的出会い」〜

  コロナ時代、自粛の時間は、若き日の読書の回帰であろうか!  今回は、ゲーテ(1749 - 1832)と シュヴァイツァー(1875 - 1965)の復習であった。

 ゲーテは、「ドイツの詩人、劇作家、小説家、自然科学者(色彩論、形態学、生物学、地質学、自然哲学、汎神論)、政治家、法律家」、シュヴァイツァー は、「ノーベル平和賞受賞者。  ドイツ出身。  アフリカでの地域医療に尽力した人物。  医師としてだけでなく、神学者・哲学者や音楽学者としての一面も持っていた。」と紹介されている。

 筆者は、癌研時代の恩師の菅野晴夫 先生 (1925 - 2016) からゲーテの話を聞いたものである。  『アルプスの少女ハイジ』のスイスの作家 ヨハンナ・シュピリ(1827 - 1901)は、ゲーテを、こよなく敬愛した。  「ハイジ、クララ」の「自己形成小説」である。「涙ともに パンを食べた者でなければ、人生の本当の味は わからない」(ゲーテ)が、「小さなことに 大きな愛を込める」の『がん哲学外来』の原点ともなった。

 新渡戸稲造(1862-1933)は札幌時代(18歳頃)、鬱病に陥り イギリスのカーライル (1795-1881) の『衣装哲学』に出会い、「渇者の飲を求めるごとき勢いで」読んで慰藉を得たと言われる。  カーライルは、「実在と理想の連続」、つまり「リアルの中にアイデアルがある」と考えていた。  これは 新渡戸稲造を 師とする南原繁(1889-1974)の「理念をもって現実に向かい 現実の中に理念を問う知性のあり方」(理想主義的現実主義)に繋がる。  カーライルの「師匠」はゲーテであり、「ゲーテ → カーライル → 新渡戸稲造 → 南原繁」と、まさに歴史の動脈は 人物を通して流れている。

 シュヴァイツァー は、ゲーテから大いに学んでいる。人間はいつの時代にも老若男女を問わず「高邁なる個性的確信」(シュヴァイツァー)を人生の座標軸として求めている。 内村鑑三 (1861-1930) は、シュヴァイツァーを紹介している。  シュヴァイツァー を日本国に最初に紹介したのは、賀川豊彦(1888 - 1960)であろう!  人生の真実性は「最も個人的なことは 最も普遍的なこと」(逆もまた真)と実感される今日この頃である。  まさに、「なんじ自身となれ!」(ゲーテ)、「真理は時をえらばない」(シュヴァイツァー)の学びの時である。「多様性と個性」の共生の実現もまた「人格的出会い」によってしか 果たせないのではなかろうか!  以下は筆者が、講演・授業で、毎回使用するスライドである。



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